関連記事
【経済分析】数式による経済予測はなぜ不可能なのか(下)
【6月2日、さくらフィナンシャルニュース=東京】
ところで、最初の年のネズミの数を1匹数え間違えてしまい、実際は1001匹だったとしましょう。このとき、14年目のネズミの数は一体何匹くらい違ってくるでしょうか。
このグラフは初期値(1年目の個体数)が1,000匹と1,001匹の場合のそれぞれの推移を表したものです。これをみてもわかるように、11年目を過ぎたあたりから軌道が突然大きく変わってしまい、14年目にはなんと9,515匹もの差が生じてしまうのです。最初の年のネズミの数をたった1匹数え間違えただけで、1万匹しか住めない島にも拘らず9千匹以上の予測誤差が14年目に発生してしまうことがわかります。
ネズミの数は整数なので実際に数え間違えることはあまりないかもしれません。しかし仮に初期値に
1000.00000000001と限りなく1,000に近い数字をおいたとしても、やはり50年目には3,402という、思ってもみない大きな違いが現れてくるのです。
以上から、ネズミの数を将来にわたって正確に予測するためには、初期値を無限の正確さで測定しなければならない、という結論が引き出されます。初期値が100%正確でなければ、近似解さえも得られないのです。
ところで、最初の繁殖率が4倍のケースでは、その軌道はこのグラフが示すように不規則(ランダム)なものでしたが、繁殖率を様々に変えることによりこの数式は実は様々な周期の軌道を表すことが可能となります。
たとえば、繁殖率を3.2倍にして
Xn+1=3.2×(1-Xn/10,000)× Xn
を計算すると、上のグラフのように、20年目を過ぎたあたりから5,130匹と7,995匹(但し小数点以下四捨五入)が交互に現われる2周期振動となります。
さらに繁殖率を徐々に上げ3.45倍近辺まで来ると、軌道は2周期から4周期(すなわち4つの数値が順番に現れる)に変わり、さらに繁殖率を上げると8周期、16周期という具合に2のn乗周期の振動が順に現れます。つまり、、2のn乗年ごとに同じ個体数が現れるのです。そして、繁殖率を4になるまでさらに上げていくと、あらゆる周期が出現するという驚くべき結果となるのです。
以上のように、Xn+1=a×(1-Xn/10,000)× Xn (aは最初の繁殖率)という簡単な数式は、あらゆる周期の軌道も全くランダムな軌道も(換言すれば、あらゆる秩序も無秩序も)、全てを表わすことができる実に不思議な式であることがわかります。しかし、このようにあらゆる可能性を含んだ式であるだけに、初期値(1年目のネズミの数)や最初の繁殖率を微妙に変化させただけで、その軌道が想像できないほど大きく違ってしまうのです。このことは、軌道を数式で表し、その数式を使って将来の軌道を正確に予測するためには、初期値や繁殖率の観測に寸分の狂いも許されない神ワザのような正確さが要求されることを意味しています。
このように、「決定論的法則(ここでは数式)に従っているにも関わらず、初期値のわずかな違いが予測不可能な大きな違いを生み出す」現象を一般に「カオス」と呼んでいます。小さな蝶のはばたきが地球の裏側で嵐を巻き起こす‘バタフライ効果’が「カオス」の喩えとしてよく使われます。
いかがでしょうか。現実の経済を数式に表して予測することのむずかしさがわかって頂けたのではないでしょうか。
しかし、このことは裏を返せば、現実の世界は数式には表せないほどいかようにも変化する可能性を秘めている、ということでもあります。この事実は私たちに希望と勇気を与えてくれます。なぜなら、私たちが現実の生活で大きな問題を抱え、あるいは試練に立たされた時に、私たちのちょっとした行動によって現実が大きく変わる可能性がある、だから諦めるのは早い、ということをこのカオス理論は教えてくれているからです。
現実の世界は「非線形」であり、思いがけない変化が常に待ち受けているものです。しかし、私たちの頭はだいたい「線形」思考でできています。足元の状態を延長して将来を予想する「経済予測」に象徴的にみられるように、私たちは「変化」を予測するのがもともと苦手なのです。私たちが日頃抱えている問題が少なからず、線形思考に陥っている私たちと「非線形」な現実の世界との間に生じたギャップに由来しているとすれば、私たちが線形思考から脱して、現実世界を開くための様々な可能性を模索することが、問題を解決する大きなカギになると言えそうです。【了】
のだせいじ/埼玉県狭山市在住の在野エコノミスト
1982年に東北大学卒業後、埼玉銀行(現埼玉りそな銀行)入行。94年にあさひ投資顧問に出向し、チーフエコノミストとしてマクロ経済調査・予測を担当。04年から日興コーディアル証券FAを経て独立し、講演や執筆活動を行っている。専門は景気循環論。景気循環学会会員。著書に『複雑系で解く景気循環』(東洋経済新報社)、『景気ウォッチャー投資法入門』(日本実業出版社)がある。著者のブログ『私の相場観』より、本人の許可を得て転載。
■関連記事
・【経済分析】数式による経済予測はなぜ不可能なのか(上)
・【経済分析】数式による経済予測はなぜ不可能なのか(下)
・【お知らせ】SFN:有料会員サービスについて
※この記事はSakura Financial Newsより提供を受けて配信しています。
スポンサードリンク