ヨウジヤマモトの山本耀司×YMO高橋幸宏が語る、現代の若者たちへの熱きメッセージ

2012年8月27日 21:10

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記事提供元:ファッションプレス


2012年8月24日(金)、アートイベント「代官山アートストリート」でヨウジヤマモト デザイナーの山本耀司とミュージシャン・アーティストの高橋幸宏(YMO)によるトークショーが開催された。MCはリリー・フランキー。“常識を問う、ということ”をテーマに、ファッションの世界に新しい価値観をもたらしてきた山本と、革新的な音楽を生み出してきた高橋から、ふたりがどのように時代を歩んできたのか、そして現代の若者達への想いが語られた。


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以下、山本耀司 - 山本、高橋幸宏 - 高橋、リリー・フランキー - リリー



リリー:おふたりの付き合いは長いんですか?



高橋:一時兄弟だったほどのこともありましたからね。30年、いやもっと前からかな。僕がデザイナーだったころ、服を買いに来てくれてたんです。ヨウジさんのこと元々顔は知ってたんですが、ある日ヨウジさんが突然、なんか僕の着るものないかなってアトリエにきて。僕は当時のファッショントレンドと違うようなことをしていて、例えば20代なのに生意気にもカール・ラガーフェルドが好きだったり、そんなところが気に入ってくれて、(僕の服を)着てくれてたいうのが最初ですね。



それから会うことがなくなったんですが、あるとき西麻布のバーでヨウジさんを見かけて、挨拶しに行ったんです。そしたら、「幸宏、今度のパリコレで音楽やってくれない?全部オリジナルで。」って言われて。その後パリコレを5、6年やらしていただきまして、その後レコード会社一緒に立ち上げたりしました。



山本:YMOの最初のアルバムが出た当時、青山の骨董通りにレコード店があって、そこに入ったら聴いたことない音楽がかかってたんです。なにこれ!すげえなって思ったんですけど、それがYMOだったんです。



高橋:ヨウジさんと兄弟みたいだった時があったんですけど、その時のヨウジさんより今の方がよりヨウジさんなんですよね、雰囲気が。今の方が本質がバリバリに出てる。全身から山本耀司っていう感じが。あの頃はファッションデザイナーのヨウジヤマモトって感じだった。



高橋:ヨウジさんって、奨学金でパリに行ったんですよね。パリって魅力的ではあるけど決して居心地が良いところではないんです。でもヨウジさんにとってはよかったんだ、それがうらやましい。



山本:今でも東京の方が居心地悪いです。俺パリの左岸が好きなんだよね、サンジェルマンデプレとか。20代の頃からそうで、今もそっちに住んでいるんですけど行く店も全部知り合いで、薬屋に薬買にいっても「ショー終わったの?」とか聞かれる。そういう仲間がいる感じが、楽なんですよ。それにパリはダウンタウン多いし。最近東京はみんな都市開発しちゃって、ダウンタウン作らないから嫌いなの。全部きれいにしちゃう。



リリー:女性もパリの方がいいですか?



山本:ダメなんですよ、怖くて。俺は東洋人じゃないとダメなんです。



高橋:でもムーランルージュ通ってたんでしょ?



山本:それは娼婦の人が飯食わしてくれてたから。



高橋:前途洋々な若者がパリで奨学金で行って、挫折なんてないでしょ。



山本:挫折しましたよ。大学卒業して、文化服装学院に行って、でも俺が勉強したのはオートクチュールだったの、最後のオートクチュール。パリでは、イヴ・サンローランクリスチャン・ディオールから独立して既製服(プレタポルテ)始めたばかりだった。プレタポルテの開花期だったのね。街でも上から下までデザイナーズの人ばっかりで。今いないね、そういう人。



高橋:僕、ヨウジさんの服ばっかりだよ、昔とか上から下までヨウジだよ。プレタポルテはすごかった?



山本:本当にすごかった。今でも思い出す。ドゥマゴってカフェに回転ドアがあって、それがバンって開いて、上から下までソニアリキエルとか、上から下までケンゾーとか、ファッションショー観てるみたいだった。俺が勉強してきたことは何だったんだろうっていうくらいすごい衝撃だったよ。



リリー:例えばファッションデザインとか歌をつくるときに、常識というものについて意識してつくることはあるんですか?



高橋:意識してたことはあります。壊すための常識ということで。今は110%そういうことはないかな。



山本:モノをつくる人の役目は、今キレイとかいいものって言われているものに対して反対意見を言うことでしょ。だから壊すことじゃないですか。反抗することで最終的に社会に貢献するというのが、恰好よすぎちゃうけどアーティストの役目だと言ってまだやってるんですよ。まだ青いでしょ、俺。これは服作りできなくなるまで変わらないね。なんかこう”変えてえよ、そうじゃないんだよ”っていうやり方、変えようがない。



そこへいくと”ゆったん”はね、昔は幸宏のことを”ゆったん”って呼んでたんだけど、今みたいにクサい話をしないの、この人東京生まれだから、照れくさいセリフは吐かない男なの。



高橋:確かにそう。ヨウジさんみたいに言って“様になるやつ”と、言わない方がいいやつがいるわけで。ヨウジさんみたいなのはどうやったって主役に見えちゃうんです。僕は目立たない主役か目立つ脇役がいいっていうタイプだから。



リリー:ビートルズのジョージ・ハリスンですね。



高橋:昔よくふたりで青山でたむろしていた頃があって、ある時ビリヤードで賭けをしようってことになったんです。僕が66年のロマネコンティがいいなって言ったらいいよって言ってくれて。その時絶対勝つ自信があった。



山本:その時ふたりだけじゃなかったんです。(観客先の一部を指して)このくらいいたんです。で、幸宏が勝てばロマネコンティが開けられるってことで、全員幸宏の味方になったんです。俺孤立無援で。そこで勝っちゃシャレにならないでしょ。



高橋:それでとにかく勝たしていただいて、デキャンタしている間に、ぱっと入ってきた奴がいて、ロマネコンティだって飲んじゃった。そしたらヨウジさんも飲んで、「ロマネコンティって思ったよりまずいんだね、帰ろ」って言いながら、「幸宏にもう一本同じものを開けてあげてって」って言ったんです。そして自分は小脇にワインかかえて帰ってたんですよ。その時の人数からして1本では足りないって思ったんでしょうね。でも数十万円ですよ。僕はあれでもう、一生ついていこうと思いました。あの頃毎晩のように飲んでましたね。



リリー:今って、モノづくりとかが中間的になってて常識的なものが入ってきすぎてつまんなくなっちゃった。



山本&高橋:そうなんです、その通り。



高橋:モノづくりに常識なんて最初からないんですけどね。



山本:リリーの言う通りで、全部がフラットで、中間層になっちゃったのかな。アウトサイダーみたいな奴がいたのに、インサイダーがいなくなったから、中間層ばっかり増えちゃって。



リリー:今日若い方いっぱい来ていらっしゃいますけど、皆さんがどういうふうにこれから考えていくといいのかアドバイスをお願いします。



高橋:今はもう、早いうちから世界に出ちゃうのも手かもね、また帰ってきてもいいから。あまり1つの形にこだわってやる時代はとっくに終わったとつくづく思います。ヨウジさんも若い頃にパリに行ってますしね。奨学金で、ムーランルージュの娼婦にご飯食べさせてもらって、ね。



山本:うん。もうこれ以上いくと、落ちるとこまで落ちると思って危機感を感じて帰ってきたよ。



高橋:その時にいっぱいいろんなことを感じて帰ってきたんですよね。僕だって若いときのこと思い返して、よくやったなってことあるもん。自分のやりたいことを、今の若い連中は僕たちの頃よりもコンプレックス持たずにやれるじゃない。僕たちの頃、ロックなんて、そんなんで食っていくなんて勇気がいった。ヨウジさんだって洋服なんて日本のものじゃないし、その中に切り込んでいくなんて勇気いったでしょ。就職できないとか言ってる前に、自分の道を探せばいいと思う。



リリー:ヨウジさんから若い人へのメッセージはありますか?



山本:俺、ジェネレーションギャップがでかくなっちゃって、今の若い人が何を悩んでるのかわかんなくなっちゃったんですよね。だから、質問してもらわないと答えられないな。



質問者1:美術大学で勉強しています。自分の作品でやりたいことがすごく多くて、でもその自分のやりたいことが、世界の常識で言うとどうカテゴライズされて、どう社会とかかわりをもっていくのかわからないんです。



山本:19歳じゃね、自分の個性なんてまだないから全然気にすんな。作家になるためにはにもっともっと時間がかかる。10年、20年ってどうやって生きていくかで自分の個性ができる。



そしてそれが分かってきたときに、今君が言ったようにカテゴライズされたらおしまい。俺は自分のことカテゴライズされたくないもん、どっかの分野とか、アートとか、芸術とかカテゴライズされたらおしまい。だから、全部否定し始めるの、自分でね。がんばって生きていれば、自分だけのものがそのうち見つかるから。いい女見つけて、いい恋して、たまには失恋したりとか捨ててみたりとかするの。そういうことをいっぱいして自分の個性ができていくんだよ。だから今は無理だよ。がんばれ。



高橋:そうすれば、将来こんな人になれるんですよ。こんだけ自信もってるから。でもきっとヨウジさんはあんな悩み持ってなかったよね?



山本:持ってなかったよ。19のときアホだったからねえ。



リリー:意外と若い時の方が、自分がどう見られているか、常識を気にしたりするんですね。今の彼の悩みは、若い人が結構みんな思っていることかもしれませんね。



山本:あのね、それは情報が多すぎるの。今はPCを開けばありとあらゆるものが見えるでしょ。世界のもの、いろんな展覧会とか、世界最高峰のファッションとかすぐに見れる。そうすると憧れが喪失してしまうの。だから僕が言いたいのは、「目つぶってろ、見るな、全部否定しろ。」



高橋:音楽やってると、音を一切聴くな、は難しいね。でも既成のものを聞いてそれに寄り添っていくことはないよ。



山本:でもね、自分のやりたいことが決まったら、好きな作家を模倣してコピーして模倣して徹底的に模倣してって何回もやって。そして模倣の先に自分らしさが必ず見つかるから。それは間違いない。とにかくひたすら同じことを繰り返す。そのうち体で覚えるから。



例えば美術学校の石膏デッサンとか。見た通りに写真みたいに描く練習を何回もするわけじゃない。そうすると、見たものが鋭く見える目が養われる。訓練が大事だと思う。



今ロンドンの5つの美術大学の顧問教授やってるんだけど、みんな考え方がアカデミックなの。だからハートで作ってない、頭で作ってる。これを表現しなかったら俺はもう生きてる意味ないってみたいなことをやってほしいからアカデミックなことはやめろって言ってるの。



僕のメッセージの“見るな”っていうのは、影響される大事さ。要するにスポンジのように純粋に影響をされるための、ピュアなものを持ってるかどうか。それがいっぱいの情報で汚れてると、ショックも受けない。それが一番やばいから、だから見るなっていうこと。なんか、ジジイが説教してるようでイヤになってきたなあ。



リリー:感じていることを作品にするっていうのは一番大切なことですよね。なんか後半いい話になりましたね。



山本:やっぱ質問されると答えられるね、ジェネラルになんかないですかって聞かれると、「お前らなんかに負けないよー」とか言っちゃうもん。



質問2:僕はロン毛なんですけど、よく人に「若いんだからもっと若い感じにした方がいい」と言われます。でも最近、もうちょっと小奇麗にしようかなと揺らぎはじめています。



山本:あのね、今どきロン毛はモテないから。今TVのイケメンにもロン毛いないじゃない。ロン毛はモテないよ。でも時代からはずれていたいならそのままでいたらいい。



意識してはずれてればいいんだよ。意外とね、時代の空気って変わるんだよね。俺はとくにファッションやってるから、時代の空気吸ってないと次の仕事ができないんだけど。時代と寝るっていう言い方もするんだけど。だから一回休むとできなくなっちゃうっていうのがファッションの仕事なんです、ずっとやり続けるってのが大事。



だから、君が表現者になる前は自由に好きにしていればいいと思う。そして必ず出会いがあるから。といいながらも、すっごい大事なことだから言いたいんだけども、人間ってね、平等に生まれてこないから。



才能のあるやつがいるんだよね、生まれながらに天才が。二十幾つで死んじゃってさ、でもモーツァルトみたいに世界的な曲を残したりさ。俺、そういうやついると頭来るんだよね、俺天才じゃないから。でも最近天才かなって。



高橋:どっちだよ(笑)



山本:要するに時代が後押ししてくれる経験があるの。勝手に風が吹いてくる。



山本:坂本龍一が言ってたんだけど、作曲のとき、一生懸命こういう方向でやりたいって工夫してもできないんだけど、でも突然曲が降りてくるときがあるって。だから、降りてくるのを捕まえる感性だけ持っていればいいの。



旧知の仲であるふたりのトークは、このふたりだからこその深い話にまで及び、予定の時間をオーバーしてまで続いた。山本は1972年に株式会社ワイズ(Y's)を設立したが、同年に高橋もサディスティック・ミカ・バンドに加入し手本格的にミュージシャンとしての活動をスタートしている。それから40年、今なお第一線で活躍し、幅広い世代に大きな影響力を持つふたりの言葉は、会場の外まで集まったファン達の心の奥まで響いたに違いない。


※本記事はファッションプレスニュースから配信されたものです。ファッションプレスでは、ブランド、デザイナー情報、歴史などファッション業界の情報をお届けしています。

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