“グローバルリーダー育成”に潜む危機

2011年8月18日 18:48

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■「グローバルリーダー育成」という裏にある本音
 この財経新聞のコラムで、しばらく英語公用化等、言葉について考えてきた。

 しばらく間が空いたが、その間に面白いことがあった。「わが社でもいよいよグローバルリーダーを育成しなければ」という取組に関する相談の増加だ。

 私は今、日本を代表するメーカー2社でグローバルリーダーの育成に関するコンサルティングをしている。この仕事以外に日常的に行われる意見交換でも、「グローバル人材」「グローバルリーダー」というキーワードが付いた打合せが目に見えて増えてきている。

 こうした中で意見交換をしていて、明らかにおかしいなと思うことがいくつかある。端的に言うと、目的と使っている言葉のミスマッチだ。

 こうした問合せの殆どが「グローバルな人材育成をしたいのですが」という割には、実際の目的やニーズは「わが社の"日本人社員"を海外で通用させるためにどうしたらよいですか」ということのようだ。

 まず考え方を変えなければいけない。

■多国籍企業の日本以外の拠点で部長職以上の日本人を見たことが無い
 私はこの3年間、年間平均の1/3以上が海外出張であった。その出張の中で、弊社の同僚(欧米オフィス)と一緒にアジア、アメリカ、欧州でのリーダー達と仕事をしてきた。顧客の9割は欧州、米国、アジアの大規模多国籍企業(ここでは日本資本以外と捉えていただきたい)だ。

 そして私が頻繁に出張するシンガポール、上海、ニューヨーク、ロンドン等の大都市にある多国籍企業のクライアントで、私は「日本人」にお目にかかったことが無いのだ。このこと自体、改めて振返ってみて自分でも驚いた。

 例えばスイス籍の製薬企業のシンガポール、上海の拠点では上級管理職の国籍は実にさまざまだ。アジアだから中国人や華僑系は確かに多い。しかし、華僑系だけでなく、インド系もフィリピン系もいる。スイス人は当然として、ドイツ人、フランス人、イギリス人等欧州の比較的大きな国、それに加えてアメリカ人。めずらしいところでは、南米。まさに、国籍ではなく「仕事ができるか、できないか」という尺度だけで人が集まっている。

 欧米ではまだまだ欧米人が中心と思われがちだが、インド系、中国系は存在感がある程度の人数は居る。しかし、これだけ多様な人材が働く多国籍企業で、ひとたび日本を出てみたとき、日本人にだけは文字通り「1人も」会ったことが無い。これは驚くべきことではないか?

 「日本文化の良いところ」などとは全く違う次元の多様性(ダイバーシティ)の中で、多国籍の人間が毎日必死になって自己の成長と会社の成長のためにぶつかりあいながら仕事をしている。こうした状況で仕事を進めて、評価されることそのものの経験値が、日本人には「絶対的に」少ない。

 外資系企業の日本法人の代表や上級管理職は、多少「まし」かもしれないが、彼らとて日本以外の拠点で勤務し、評価されたかどうかと問うと、人数や実績はがくっと落ちるだろう。

■活躍の舞台はどこに?
 誤解しないでいただきたい。私は日本人であり、日本人の素養が高くまた優秀であることに微塵の疑いも無い。

 だが、その素養や優秀さは舞台があって始めて発揮されるのだ。いままで日本企業や日本人、我々自身がその舞台そのものを海外企業の海外拠点で求める必要がなかった。それほど日本企業は大きく、日本人にとっては居心地がよく、かつ世界規模でも業界での存在感があり、魅力的な舞台であり得た。

 ところが過去20年の凋落の過程で、私たち日本人が盲信していたことが崩れ去った。大規模日本企業は国際的に優良企業であるという思いこみ、日本という国自体の経済力や世界での存在感と言ったものが、我々の想像できないペースで失われてきているのだ。

 こうした状況で、日本企業自体を再活性化し、グローバルに再成長させることは、日本人だけではできない。また、沈みゆく日本企業でなく外資系に活路を見出しても、外資系の日本における事業所だけで活躍できる人材の舞台は今後増えることは無いだろう。

 こうした状況で「グローバルリーダーの育成」と言いながら、実は「自社の日本人社員を海外で通用するように」という問題意識のレベルでは、本質的な問題は解決しない。結局こうした相談の裏にあるのは日本企業の、「本社(=当然日本の大都市)」の中で通用する論理、価値観が前提になっているからだ。

 海外にいるときは海外の価値観で仕事ができる人間がいないとだめだと言いいながら、そうした社員が日本に戻ると「本社の価値観」が必要・・・。これは二重構造ではないのか。海外現地法人における「現地スタッフ登用(私はこうした表現は嫌いだが、よく聞く表現なので使う)」においても、求められるのは「本社との折り合い」という部分である。

 この「本社との折り合い」が、グローバルな競争にも通用するコミュニケーションスキルや意思決定の鋭さ、リーダーシップであれば問題は無い。だが、まだまだ多くの場合「やっぱり海外の人間はうるさい」等というレベルで評価されていることはないのか?

■企業から個人へ
 グローバルリーダー育成の前に、まずグローバルに成功するために仕事をする際に必要な価値観を徹底的に洗い出し、自社の価値観と比べて、その差分を縮めるような努力が必要だ。トヨタ、コマツなど、ゆるぎない成功をグローバルで実現している「会社」はある。しかし、その中の「個人」という観点からすると、どれだけ「グローバルに通用する人材」が育っているか、考えてみる必要があるだろう。

 苦労して育てた「グローバル」リーダーが活躍できるのは海外だけ。日本に戻ってきたら違う価値観に戻さないといけない。これではグローバルリーダーを育成しているとは言えない。また、海外現地法人の現地スタッフにもそうしたことは見透かされてしまい、「個々には自分の成長に限界がある」ということになる。

 私の結論:グローバルリーダーを育成したいのであれば、グローバルに評価されるリーダーを評価できる価値観で、会社全体を世界のどこででも自信をもって運営できるようになることを目指さなければいけない。

著者プロフィール

太田 信之

太田 信之(おおた・のぶゆき) バレオコンマネジメントコンサルティング パートナー / アジアパシフィック代表

グローバルコンサルティング会社”バレオコン”のアジア圏責任者として、日本・アジア各国での戦略実行に関わるコンサルティングを提供しています。
プロジェクトを立上げ、従業員の皆さんを活性化し実行力を付けながら事業上の成果を出すための方法論とコーチングを提供。新商品・サービス企画から導入、現地法人と日本本社の海外事業部門との間の課題解決など、測定可能な目標の構築、達成、実現をお客様と共に目指します。
JMAM人材教育にて「組織の壁を破る!CFT活動のすすめ」等を連載。グロービスマネジメントレビュー「実行する組織のマネジメント」(共著)
会社URL http://www.valeoconjapan.jp
ツイッターアカウント @NobuyukiOta

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