薬剤耐性と急性中耳炎 医師と患者のコミュニケーションが重要

プレスリリース発表元企業:国立研究開発法人 国立国際医療研究センター AMR臨床リファレンスセンター

配信日時: 2024-12-20 16:00:00

薬剤耐性と急性中耳炎 医師と患者のコミュニケーションが重要


AMR臨床リファレンスセンターでは、政府で策定された「薬剤耐性(AMR)対策アクションプラン2023ー2027」に基づき、AMR対策を進めています。AMR対策の基本は抗菌薬(抗生物質)の適正使用と感染対策です。抗菌薬の適正使用とは、抗菌薬が必要な疾患に対して、適切な抗菌薬を、適切な使い方で治療をすることです。抗菌薬で治療ができる疾患は、細菌が原因となる感染症です。今回、AMRと急性中耳炎をテーマに、耳鼻咽喉科専門医でもある、ながたクリニック 院長の永田理希先生にお話を伺いました。

子どもに多い急性中耳炎は、安易に抗菌薬が処方されることの多い疾患のひとつです。しかし抗菌薬の不適切な使用は、薬剤耐性菌を広めてしまう原因となるおそれがあります。急性中耳炎の診断や治療について、 わたしたちはどのようなことに注意すべきなのか、お話から詳細を探っていきます。


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永田 理希 先生 希惺会 ながたクリニック (石川県加賀市) 院長
東邦大学医学部卒業、国立金沢大学医学部大学院にて肺炎球菌・インフルエンザ菌耐性菌に関する論文で医学博士号取得。メスの握れるプライマリケア診療を実践し、乳幼児~高齢者まで幅広く診療を行い、かかりつけ医として地域医療に貢献。感染症予備校として感染症倶楽部開設。その活動は今年で19年目。プライマリ・ケア学会 感染症チームコアメンバー。

本ニュースレターのサマリー
•子どもは大人より耳と鼻をつなぐ耳管が太く・短く・水平に近いため、急性中耳炎になりやすい
•急性中耳炎の多くは、自然治癒する。抗菌薬処方が必要になるのは、原則、重症例のみであり、抗菌薬が処方されることは本来非常に少ない
•医師も患者も、抗菌薬に対して正しい認識を得ることが重要
•医師と患者の良好なコミュニケーションが、AMRの抑制につながる
•抗菌薬を処方された場合は、処方された期間・量を守ってきちんと飲み切る

薬剤耐性(AMR)とは
薬剤耐性(AMR)が世界中で大きな問題になっています。抗菌薬(抗生物質)は細菌が原因の病気を治療するために医療現場で広く使用されてきました。一方で、抗菌薬が効きにくかったり、効かなかったりする細菌のことを薬剤耐性菌とよびます。そして、薬剤耐性菌が広がってしまう大きな原因の一つとして、抗菌薬の不適切な使用が挙げられます。薬剤耐性菌が原因の感染症を発症してしまうと、抗菌薬による治療が難しくなってしまうため、重症化したり、命にかかわるリスクが高まることがあります。日本でも、主な2種類の薬剤耐性菌だけで、年間8,000人が亡くなっていると試算されており※、薬剤耐性菌の拡大を防ぐことが人類にとって重要な課題となっています。
http://amr.ncgm.go.jp/pdf/20191205_press.pdf

子どもの耳の作りは急性中耳炎になりやすい
急性中耳炎は、耳の奥の鼓膜の内側の中耳腔に起きる感染症で、細菌やウイルスが原因となる病気です。かぜやインフルエンザなどで上気道に炎症がある際に、鼻と喉の間(鼻咽頭)から耳と鼻をつなぐ管(耳管)を通って、炎症/感染が波及して中耳炎になるケースがほとんどです。子どもはおとなに比べ、耳管が太く、短く、水平に近いため、かぜなどの急性上気道炎から中耳炎になりやすく、小学校に入るまでに3、4回は急性中耳炎にかかるといわれています。(鼓膜が赤いだけで中耳腔に貯留液のないものは鼓膜炎と定義され中耳炎とされません)


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出典 永田理希:jmed48 あなたも名医! Phaseで見極める!小児と成人の上気道感染症. 日本医事新報社, 2017.p141 

急性中耳炎の治療
医療機関を受診して急性中耳炎と診断された場合、軽症であれば最初は抗菌薬を投与せずに経過観察することが勧められています*。これまで実際には、抗菌薬を投与されるケースは多々ありました。 「近年は、鼓膜所見/全身所見/時間経過の3つ視点から抗菌薬が必要とされる急性中耳炎かどうかを見極めて処方すべきとされ、安易に抗菌薬を処方されるケースは減っていると思われます。実際、急性中耳炎のほとんどは自然治癒し、抗菌薬処方が必要とされることは本来非常に少なく、特に耳痛/耳漏/発熱のない中耳炎には抗菌薬は必要なく、それらがあったとしてもほとんどは数日で自然治癒します。ウイルスが原因であれば抗菌薬は効果がありませんし、中耳炎のような体表面の感染症の場合には、細菌が関与していたとしても、治療に抗菌薬が必ずしも必要とは限りません」と永田先生は述べます。しかし、「鼓膜が赤いから抗菌薬、急性中耳炎だから抗菌薬、細菌感染症だから抗菌薬、重症そうだから抗菌薬」という考え方が依然として残っていることがあります。新しい抗菌薬がどんどん開発されていた1990年代までと異なり、新しい抗菌薬の開発が難しくなる一方で、外来で診る感染症で耐性菌が問題となっている今、本来であれば必要でない患者さんに「念のため」と抗菌薬を処方することが、AMRを拡大させ、結果として人々の健康リスクを増大させることにつながるという認識を、医師へも広めていくことが急務であると永田先生は考えています。
また、患者側から抗菌薬の処方を希望することがあります。特に、患者である子どもの両親が抗菌薬の処方を要望するというケースがしばしばあります。「中耳炎だから抗菌薬、早く治したいから抗菌薬、という風に認識してまっている患者さんが一部います」と永田先生は言います。
*小児急性中耳炎診療ガイドライン2024年版 (日本耳科学会・日本小児耳鼻咽喉科学会・日本耳鼻咽喉科感染症・エアロゾル学会)、JAID/JSC 感染症治療ガイド 2023(日本感染症学会・日本化学療法学会)

急性中耳炎のワクチンとAMR対策
急性中耳炎の原因となる細菌も、AMRと無関係ではありません。永田先生は「中耳炎の原因となる細菌で最も多い肺炎球菌の薬剤耐性化が進行し、2000年代までは重症化し入院/手術が必要となったり、鼓膜切開や繰り返し罹患(りかん)したりする患者さんをよく診ました。しかし、2011年に肺炎球菌の感染を予防するワクチンが定期接種化されてからは、そのようなケースがかなり減りました」と振り返ります。ワクチンは約100種類ある肺炎球菌の中でも重症化しやすい種類に対応できるように作られています。ワクチンで予防できる種類の肺炎球菌が減少しても、それ以外の種類の肺炎球菌による感染症は減りません。そのため永田先生は「ワクチンが普及したとはいえ、肺炎球菌の薬剤耐性菌によるリスクは依然として存在します。不要な症例には抗菌薬は使わないこと、使用する際も適切な種類、量、期間を守って投与することが重要であることは変わりません」と訴えています。
さらに、子育てをめぐる環境が変化したことも急性中耳炎に罹患するリスクの一因になっています。近年は共働き家庭の増加と核家族化により、免疫が未熟な2歳未満のときから集団保育に預けるケースが増加しています。そうすると、急性中耳炎のきっかけとなる風邪などの急性上気道炎にかかるリスクは高くなります。特に1歳未満で罹患した場合、中耳炎の難治化や反復してかかるリスクが高まるとされています。

患者と医師のコミュニケーションがAMRリスクを減らす
AMRのリスクを抑えるためには、患者と医師のコミュニケーションが大切です。医師は、AMRのリスクや治療法、ガイドラインなど最新の情報を学び、患者やその家族に適切な治療、抗菌薬が不要な理由、そして必要な時の理由などを、わかりやすい言葉できちんと説明するようにすることが重要です。永田先生は「患者さんに、発熱や痛みなどの症状を和らげる対症療法を説明すること、3ー4日して症状が悪くなった(増悪)、または変わらない(不変)場合に具体的な対応方法を説明することで、患者さんの満足度が上がることがわかっている」と話します。たとえば経過観察中に症状が改善すれば、「抗菌薬を服用しなくともほとんどの急性中耳炎は自然治癒する」と患者は実感することができ、重症でない限り抗菌薬が必須ではないことを理解できます。
患者側も、医師の説明には耳を傾け、わからない点、不安な点については医師や看護師、薬剤師に質問することが必要です。患者が自分自身の健康や病気、その治療法について正しく理解し、意思決定をするには、医療従事者と患者の良好なコミュニケーションが必要なのです。それが、ひいては不適切な抗菌薬の使用を減らし、AMRによるリスクの改善につながります。

AMRをふやさないために、抗菌薬の指示通りの服薬を
日本は世界で最も医療機関へのアクセスがしやすい国の一つです。それだけに、不適切な抗菌薬の処方が行われるリスクが高いとも言えます。永田先生は、「患者さんにとって重要なことは、”気軽に相談でき、根拠をもって説明してくれる医療機関にかかること”と”教えてもらった知識を理解し、吸収すること”です」といいます。医療機関の受診においては、「根拠をもって見立ててもらう」、そして「わかりやすく説明してもらう」ことが大切なのです。
また、抗菌薬を適切に使用することも非常に重要です。処方された抗菌薬は、指示された量や回数を守り、症状が良くなってもすべて飲み切りましょう。また、余らせた抗菌薬を保管しておかない、過去に処方された抗菌薬は飲まない、他人から抗菌薬をもらわない、渡さないといったことも大切なポイントです。
加えて、抗菌薬も限りある大切な医療資源の一つであるということを一人ひとりが認識し、行動をとる必要があります。薬剤耐性菌に対する新しい抗菌薬の開発はなかなか進んでおらず、現在使用可能な抗菌薬の効果を維持できるように、AMR対策への理解と適切な対応が重要なのです。


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