【甲南大学】昆虫精子の生存判定を短時間、高精度かつ安価に行える方法を確立
配信日時: 2024-10-25 20:05:14
甲南大学理工学部の後藤彩子准教授(サントリー生命科学財団・SunRiSE Fellow)と竹島実加研究員は、キイロシリアゲアリ精子を用い、試薬、染色方法、顕微鏡での観察方法を改良することで、昆虫精子の生存判定を短時間、高精度かつ安価に行える方法を確立しました。この研究成果は『Journal of Insect Physiology』に掲載されました。
【研究成果のポイント】
・ アリの精子を用い、短時間で、正確かつ安価に、生存判定する方法を確立した。
・ 本研究で確立した方法は、精子の形態がアリと大きく異なる昆虫種においても、各種に適した工夫を加えることで、精子の生存判定ができた。さらに、魚類や鳥類の精子の生存率測定への適用も期待できる。
・ 本方法は、昆虫をはじめとする動物の繁殖戦略のメカニズムを明らかにするための強力なツールとなることが期待される。
【研究の背景】
精子を質が高いまま体内で維持することは、繁殖の成功に非常に重要です。ほとんどの昆虫種では、メスは交尾後に一時的に精子を体内に貯蔵します。そのため、射出前のオスが保持している精子のみならず、メスが貯蔵している精子の生存率を測定することは、その種の繁殖戦略を理解する上で重要です。
昆虫の精子生存率の測定は、細胞膜の透過性を利用し、生きた精子の頭部をSYBR 14という試薬で緑色に、死んだ精子の頭部をPropidium Iodideという試薬で赤色に蛍光染色し、蛍光顕微鏡で精子を目視で数えて算出する方法が主流です。しかし、染色時間や顕微鏡で生存率測定に必要な数の精子の撮影時間が長いことや、染色試薬の濃度が高いことによって精子がダメージを受け、生存率が低く算出される可能性があること、試薬が高価であることなどが問題でした。また、同じ昆虫を使っていても、研究者によって染色条件が異なるため、結果の比較ができないことも問題視されており、標準化された生存判定方法が必要とされていました。
【研究の内容・成果】
本研究ではまず、キイロシリアゲアリの精子を用い、マウント方法(顕微鏡で観察するための精子サンプルの準備方法)を改良し、一視野あたりの精子数を増やすことで、生存率推定のために必要な300-500個の精子の蛍光染色写真を、従来の方法では約20分要したところを約5分で撮影できるようにしました。また、精子への毒性を抑えるために、低い濃度と短い染色時間で精子が染まる試薬を選定し、染色条件も最適化しました(図1)。
その結果、1µg/mLのアクリジンオレンジと150µMのPropidium Iodideを使用すると、染色時間0分(染色液を入れた直後)でも生きている精子と死んだ精子を十分に染めわけることができました(図2)。
従来のアリ精子の染色には17分(SYBR 14で10分、Propidium Iodideで7分)を要しますが、今回確立した方法では染色時間を大幅に短縮できました。また、アクリジンオレンジを使用することで、使用する試薬のコストをSYBR 14の約30分の1に削減することができました。さらに、撮影された写真の、アクリジンオレンジ由来の緑色と、Propidium Iodide由来の赤色でそれぞれ染色された精子を、画像解析ソフトを用いて自動でカウントし、その後研究者の目で再確認することで、労力の削減と、計算結果の正確性を両立しました。
次に、この方法が正確に、実際の精子生存率を反映しているかを調べるために、生きた精子とあらかじめ加熱して死なせた精子を任意の割合で混ぜ、確立した方法を用いたところ、高い精度で生存率を推定できることが確認できました(図3)。
最後に、今回確立した方法を用い、アリとは異なる甲虫目に属するチャイロコメノゴミムシダマシでも、アリと同様に正確に生存判定をすることができました。鱗翅目に属するカイコの精子では、生存精子の割合を調整することが困難だったため、今回確立した方法で精子生存判定の正確性を確かめることは困難でしたが、蛍光染色により精子を染め分けることはできました。また、束状になっているカイコのオス精子や、尾部が長いキイロショウジョウバエの精子は、取り出した際に頭部が重なった精子が多かったため、蛍光染色後、画像解析ソフトを用いた生存精子と致死精子の自動カウントを正確に行えませんでした。そのため今後は、それぞれの種の精子の特徴に合わせた解剖方法や、精子を希釈する倍率を最適化することで、本研究で確立した精子染色・観察プロトコールをさまざまな種で適用できると期待できます。
【今後の展望】
精子の長さや密度は種により大きく異なりますが、それぞれの種の精子の特徴に合わせて解剖方法などを工夫することで、本研究で確立された方法により迅速かつ正確な生存判定ができる可能性があります。そのため、昆虫以外の種、例えば従来の精子染色方法が使われてきた魚類や鳥類の精子にも適用できることが期待できます。
【論文情報】
・掲載誌: Journal of Insect Physiology
・論文タイトル: Establishment of a rapid, cost-effective, and accurate method for assessing insect sperm viability
・著者: Mika Takeshima and Ayako Gotoh
・DOI: 10.1016/j.jinsphys.2024.104682
【研究助成】
本研究は、文部科学省科学研究費補助金(20K06080)と、公益財団法人サントリー生命科学財団生命科学研究者支援プログラム(SunRiSE)の支援のもとで行われました。
【研究者のコメント】
後藤彩子准教授
「当研究室では、女王アリが交尾後に10年以上にもわたって体内に精子を生かしたまま貯蔵するメカニズムを探る研究をしています。本研究により、精子生存率を測定する労力とコストを削減し、効率的に精子貯蔵因子を探索できる実験環境が整いました。今回確立した方法を試してみたい研究者の方がいらっしゃったら、共同研究をすることが可能ですので、お声がけください」
▼本件に関する問い合わせ先
甲南学園広報部
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【リリース発信元】 大学プレスセンター https://www.u-presscenter.jp/
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