プロゲステロン膜受容体(γタイプ)は魚類嗅神経の形成に必須であることを解明しました

プレスリリース発表元企業:国立大学法人 静岡大学

配信日時: 2024-10-18 15:00:00



[画像1: https://prcdn.freetls.fastly.net/release_image/96787/47/96787-47-9c590a17c101a34d3028e6b442802334-889x622.png?width=536&quality=85%2C75&format=jpeg&auto=webp&fit=bounds&bg-color=fff ]



 静岡大学創造科学技術大学院・バイオサイエンス専攻・徳元俊伸教授の研究グループは、ゲノム編集によりプロゲステロン膜受容体γタイプの遺伝子破壊を行なったところ、嗅覚受容神経(嗅神経)細胞を欠失したゼブラフィッシュが誕生することから、この膜受容体が嗅神経の形成に必須であることを発見しました。
 【研究のポイント】
  ・プロゲステロン膜受容体遺伝子paqr5bのゲノム編集により頭部の形成異常を発見
  ・マイクロCTスキャンにより嗅上皮の形成異常を確認
  ・嗅上皮の嗅神経が消失していることを発見

 細胞膜上に存在するステロイド膜受容体を介したステロイドホルモンのノンゲノミック作用経路についてはステロイドの新規作用経路として世界的に研究が進められている。ステロイド膜受容体のうち、最初に発見されたプロゲステロンの膜受容体であるPaqr遺伝子群は生殖細胞の分裂制御や癌細胞の増殖などへの関与を示す多くの報告がなされているものの決定的な生理学的な機能証明は未だなされていなかった。徳元研究室ではゲノム編集技術により、Paqr遺伝子群の遺伝子ノックアウト系統を樹立することでこの遺伝子群の生理学的機能の証明を目指している。今回、Paqr遺伝子群の5番目の遺伝子であるpaqr5b遺伝子のノックアウト系統に興味深い変異を発見した。この系統の魚では頭部に異常がみられた(おでこが凹む)。頭部内部の構造をCTスキャンで観察したところ、鼻の構造が著しく小さくなっていることを発見した。そこで、嗅上皮を細胞レベルで観察したところ嗅上皮中の嗅神経が消失していることが明らかになった。この結果はPaqr5b受容体が嗅神経の分化に必要であることを示している。この発見はPaqr遺伝子の明確な生理機能を示した最初の報告であると共に、再生する神経細胞として特異な性質を持つ嗅神経の分化がプロゲステロン類により誘導されていることを示唆する興味深い発見である。

  なお、本研究成果は、2024年10月 17日(ロンドン時間午前1時)に、Springer Natureの発行する国際雑誌「Scientific Reports」に掲載されました。


研究者コメント
静岡大学創造科学技術大学院・バイオサイエンス専攻・徳元俊伸(とくもととしのぶ)
Paqr受容体が脳で発現しており、神経細胞の発達に関わるであろうという傍証は示されてきたものの、確証は得られていなかった。我々はPaqr受容体についての決定的な証拠を得ようとゼブラフィッシュゲノムに存在する7遺伝子全てについてノックアウト系統を樹立しているが、ついにPaqr5b遺伝子でこのような明確な機能を示すことに成功した。


【研究概要】
 静岡大学・創造科学技術大学院・バイオサイエンス専攻・徳元俊伸 教授の研究グループは、プロゲステロン膜受容体paqr5b遺伝子が嗅神経の形成に必須であることを解明しました。本研究は、主に静岡大学・創造科学技術大学院の博士課程の学生であったUmme Habiba Mustaryさんが進めた研究テーマであり、国立遺伝学研究所の前野哲輝技術専門職員との共同研究により実施したマイクロCTスキャンによる観察結果が嗅神経欠損に注目する切っ掛けとなり、達成された成果です。

【研究背景】
 プロゲステロン膜受容体Paqrはステロイドホルモンの新たな受容体として発見され、これまでステロイドホルモンの一般的な作用経路として知られてきた細胞内の受容体を介する経路とは別の経路を仲介する受容体として、現在、盛んに研究が進めれている受容体です。ステロイドホルモンは従来核受容体を介して遺伝子発現を誘導するゲノミック反応経路により作用すると理解されてきましたが、喘息の吸引薬に代表されるようにステロイドホルモンには急速に作用する遺伝子発現を介さないノンゲノミック反応経路も存在することが知られていました。しかし、受容体が不明であったことから謎の反応とされてきました。Paqrの発見後、ノンゲノミック反応経路の研究が世界的に進めれています。
 静岡大学の徳元研究室ではPaqrの発見直後から発見者らのテキサス大学と共同研究を開始し、Paqr分子に関する研究を進めてきました。Paqr分子がキンギョ卵の減数分裂誘導ホルモンの受容体として働くこと、また、内分泌かく乱物質の標的になることを示しました。さらに、Paqr分子の人工合成に成功し、この分子を標的とする薬剤のスクリーニング系の開発にも成功しています。一方でPaqr遺伝子のゲノム編集による突然変異導入により、Paqr分子群の機能証明を目指した研究も進めてきました。


【研究の成果】
 今回作出したPaqr遺伝子群のゲノム編集ゼブラフィッシュ系統の内、paqr5bのゲノム編集系統が頭部の形態異常を示しました。国立遺伝学研究所におけるマイクロCTスキャンによる観察の結果、paqr5b変異系統では嗅上皮が著しく退縮していることが判明しました(図1)。細胞レベルの組織観察の結果、嗅神経が消失していることが明らかになりました(図2)。この結果はPaqr5b受容体はゼブラフィッシュの嗅神経群の分化に欠くことのできない役割を果たしていることを示しています。このことから嗅神経群の形成にはプロゲステロン類の作用が必要であると推定されます。

[画像2: https://prcdn.freetls.fastly.net/release_image/96787/47/96787-47-5c1c2713ef699a6248a52a5be8b50acd-1269x779.png?width=536&quality=85%2C75&format=jpeg&auto=webp&fit=bounds&bg-color=fff ]
図1. マイクロCTスキャンによる観察の結果


[画像3: https://prcdn.freetls.fastly.net/release_image/96787/47/96787-47-19eb3c68801cdcfa53f3d37cfe09b7c1-1261x1019.png?width=536&quality=85%2C75&format=jpeg&auto=webp&fit=bounds&bg-color=fff ]
図2. 嗅上皮の組織像                                               野生型の嗅上皮にはCrypt, Ciliated, Microvillusの3種類の嗅神経がみられるが、paqr5bノックアウト系統の嗅上皮ではこれらの神経細胞が存在せず、支持細胞のみからなる薄い層となっている。


【今後の展望と波及効果】
 嗅神経群を失ったゼブラフィッシュがどの程度嗅覚を失っているのか検証する必要があり、その実験から嗅神経群と嗅覚の関連の解明が期待されます。
 嗅神経群は個体発生後にも新規再生される特異な性質をもつ神経細胞として知られてきました。本発見はニューロステロイドの一種であるプロゲステロン類により神経細胞の分化が誘導されていることを示唆する結果であり、嗅神経群のプロゲステロン類による分化誘導の可能性という新たな究明されるべきテーマを提供しています。


【論文情報】
掲載誌名: Scientific Reports


論文タイトル: Membrane progesterone receptor γ (paqr5b) is essential for the formation of neurons in the zebrafish olfactory rosette


著者: Umme Habiba Mustary, Akiteru Maeno, Md. Mostafizur Rahaman, Md. Hasan Ali & Toshinobu Tokumoto
DOI: 10.1038/s41598-024-74674-0.


【研究助成】
科学研究費補助金 基盤研究C 23K05830
国立遺伝学研究所公募型共同研究 NIG-JOINT (33A2023, 29A2024)

【用語説明】
 paqr5b:progestin and adipoQ receptors 5b、プロゲステロン類の膜受容体5遺伝子とアディポQ受容体5遺伝子を含む11遺伝子からなる遺伝子ファミリーの5番目の遺伝子。ゼブラフィッシュではゲノム全体の重複が起きているためpaqr5が2種類存在しており、それぞれpaqr5aとpaqr5bと命名されている。paqr5aとpaqr5bは高い相同性(アミノ酸の同一性67.5%)を示すもののpaqr5a遺伝子ノックアウトゼブラフィッシュは異常は示さず、paqr5b遺伝子ノックアウトゼブラフィッシュのみが今回発表した頭部の異常を示した。このことからpaqr5aとpaqr5bは進化の過程で機能分化が起きていると考えられる。

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