エイコサペンタエン酸が心筋細胞の機能を正常化させる仕組みを発見 食事による不整脈の予防法開発に期待

プレスリリース発表元企業:近畿大学

配信日時: 2024-08-06 20:05:08







近畿大学農学部(奈良県奈良市)食品栄養学科准教授 森島真幸、近畿大学大学院農学研究科(奈良県奈良市)博士後期課程1年 堀井鴻佑、大分大学(大分県大分市)名誉教授 小野克重(大分下郡病院 副院長)、徳島大学先端研究推進センター(徳島県徳島市)教授 堀川一樹らの研究グループは、魚油に豊富に含まれる多価不飽和脂肪酸※1 であるエイコサペンタエン酸(EPA)※2 が、心筋細胞の機能を正常化させることを発見しました。また、EPAには、高脂肪食などに含まれる飽和脂肪酸※3 によって心筋細胞に生じた酸化ストレスを除去する作用があることも明らかにしました。本研究成果により、食事によって不整脈を予防する手法の確立に繋がると期待されます。
本件に関する論文が、令和6年(2024年)7月10日(水)に、欧米の基礎医学研究の学術雑誌である"International Journal of Molecular Sciences(インターナショナル ジャーナル オブ モレキュラー サイエンス)"に掲載されました。




【本件のポイント】
●魚油に含まれる多価不飽和脂肪酸であるEPAが、心筋細胞の拍動を正常化させることを発見
●EPAは、心筋細胞内の酸化ストレスを除去するとともに、心筋の電気活動を担う因子の発現を正常化させることを明らかに
●本研究成果は、高脂肪食の過剰摂取などにより誘発される不整脈を、食事により予防する方法の開発に繋がると期待

【本件の背景】
肉、乳製品、卵黄、パーム油などに含まれる飽和脂肪酸は、摂取量が多いほど循環器疾患による突然死のリスクが高くなることが知られています。心不全、脳梗塞のような循環器疾患を引き起こす要因として、心房が規則的に収縮できずに細かく震えることで脈が不規則になる「心房細動」が挙げられます。年間約100万人が発症し、日本では最も患者数が多い不整脈の一つであり、予防法の確立が急務です。しかし、国内外ともに心房細動の発症を未然に防ぐための研究基盤が整っていないのが現状です。
魚油に含まれる不飽和脂肪酸であるEPAは、先行研究において、血管機能改善作用と抗血小板作用により循環器機能を改善し、心房細動などの不整脈を予防することが明らかになっています。市販のサプリメントとして手軽に購入することができますが、心筋細胞への直接作用やその機序については十分には解明されていません。
厚生労働省が発表している「日本人の食事摂取基準(2020年版)※4」では、EPAの適正な摂取量は提示されておらず、多価不飽和脂肪酸として1日に摂取する「目安量」のみが示されています。EPAについて、健康被害を与えない適正量を提示するためには、これまで経験的に得られていた有効性を、科学的根拠に基づき証明する必要があります。

【本件の内容】
研究グループは、マウスの心臓から心筋細胞を取り出し、心房細動が誘発される際と同程度の飽和脂肪酸を添加することで、心房細動患者の心房筋でみられる現象と類似した状態を再現しました。その培養細胞にEPAを添加したところ、飽和脂肪酸により生じる酸化ストレスを除去し、心筋細胞の拍動を正常化させることがわかりました。また、EPAは細胞内の心筋の電気活動の制御に関わる因子の発現を、遺伝子・タンパク質ともに正常化させることがわかりました。
本研究の成果から、飽和脂肪酸とEPAの同時摂取は、高脂肪食など飽和脂肪酸を過剰に含む食事の摂取により生じた異常を正常化し、心筋細胞に対し保護的な作用を示す可能性が示唆されました。これまで不整脈をコントロールする技術や薬剤はありましたが、不整脈を予防する方法は確立されておらず、本研究成果は、食事により不整脈を予防する方法の開発に繋がると期待されます。

【論文概要】
掲載誌:International Journal of Molecular Sciences
    (インパクトファクター:4.9@2022)
論文名:
Eicosapentaenoic Acid Rescues Cav1.2-L-Type Ca2+ Channel Decline Caused by Saturated Fatty Acids via Both Free Fatty Acid Receptor 4-Dependent and -Independent Pathways in Cardiomyocytes.
(エイコサペンタエン酸は飽和脂肪酸によるL型Ca2+チャネルの発現低下を遊離脂肪酸受容体4依存的、非依存的経路を介して回復させる)
著者 :森島真幸1,2*、Pu Wang3、堀井鴻佑2、堀川一樹4、小野克重3,5*
    *責任著者
所属 :1 近畿大学農学部食品栄養学科、2 近畿大学大学院農学研究科、3 大分大学医学部病態生理学講座、4 徳島大学先端研究推進センター、5 大分下郡病院
DOI :10.3390/ijms25147570
URL :https://doi.org/10.3390/ijms25147570

【研究の詳細】
研究グループは、マウスの心臓から心筋細胞を単離し、不整脈(心房細動)が誘発される際の血中脂質濃度と同等の濃度の飽和脂肪酸を細胞培養液に添加しました。その結果、通常培養した心筋細胞では、心臓の拍動と同じリズムで自動拍動する細胞がみられますが、飽和脂肪酸を添加した心筋細胞では、脂肪酸の濃度依存的に自動拍動の減弱がみられました。拍動が減弱した心筋細胞では、活性酸素種(Reactive oxygen species ; ROS)※5 の産生亢進や心筋の電気活動を担うL型Ca2+チャネル※6 遺伝子・タンパク質の発現低下、L型Ca2+電流の低下がみられ、持続性心房細動患者の心房筋でみられる現象と類似した反応を確認できました。
次に、EPAによる予防効果を検証するために、飽和脂肪酸を添加する際にEPAを同時に細胞培養液に添加したところ、飽和脂肪酸により誘導される細胞傷害に対し、EPAは保護的にはたらくことがわかりました。さらに、EPAが心筋細胞にどのように作用するのかを解析するため、EPA等の多価不飽和脂肪酸が細胞に作用する際に結合する受容体である、遊離脂肪酸受容体(FFAR4)について検証しました。その結果、単離した心筋細胞には比較的豊富にFFAR4が発現しており、EPAはFFAR4を介する経路で細胞内Ca2+濃度の制御に関わるL型Ca2+チャネルの発現を正常化させることがわかりました。その一方で、受容体を介さずに細胞内へ入り活性酸素種の産生を抑制し、L型Ca2+チャネルの発現を正常化させる経路が存在することも初めてわかりました。
本研究の成果から、飽和脂肪酸を豊富に含む不適切な食事の摂取が不整脈を起こす機序として、心筋細胞内での活性酸素種の過剰産生とL型Ca2+チャネルの発現異常が関与していること、そして、EPAの同時摂取はこれらを正常化し、心筋細胞に対して保護的な作用を示す可能性があることが示唆されました。また、EPAの心筋保護作用には多価不飽和脂肪酸の選択的受容体であるFFAR4が重要な役割を担うことを初めて明らかにしました。
これまでに、FFAR4をターゲットとした不整脈の治療や予防方法は発表されておらず、本研究は非常に新規性が高いと考えられます。また、これまでに多くの優れた医学研究により、発症してしまった不整脈をコントロールする技術や薬剤は確立されてきましたが、不整脈の発症を未然に防ぐ一次予防方法は未だ確立されていないため、本研究成果は食品由来成分の機能性を活用し、生活習慣病の発症・重症化予防に向けた、新しい栄養管理法の開発に繋がることが期待されます。

図1(EPAが遊離脂肪酸受容体(FFAR4)を介する経路と、介さない経路により、心筋細胞の電気活動を担うL型Ca2+チャネルの発現を正常化する機構)

【研究者のコメント】
森島真幸(もりしままさき)
所属  :近畿大学農学部食品栄養学科
     近畿大学大学院農学研究科応用生命化学専攻
     近畿大学附属農場
職位  :准教授
学位  :博士(栄養学)
コメント:これまで多くの疫学研究により証明されてきた「EPAの摂取は心血管疾患発症のリスクを低減させる」といった現象について、詳細な分子機序が未解明であった部分を、本研究では心筋細胞の電気生理学的特性に焦点をあて、細胞レベルでEPAの有効性を証明しました。栄養素の作用や疾患の一次予防のための研究は、結果を得るまでに長い時間を要しますが、本研究のように機能性をもつ栄養素の作用についての基礎研究は、将来的に日々の食事や生活習慣に無理なく取り入れられる栄養介入方法の創出に繋がると思います。健康寿命の延伸のためには、食事から病気にかかりにくい臓器環境を構築し、栄養素の組み合わせ摂取方法を確立させる必要があるため、これからも食品素材による疾患の一次予防の研究を続けていきたいと思います。

【用語解説】
※1 多価不飽和脂肪酸:脂肪酸の炭素鎖中に二重結合(C=C)を2つ以上もつ脂肪酸。
※2 エイコサペンタエン酸:体内で合成できない不飽和脂肪酸の一つで、特に青魚に豊富に含まれる。血栓の生成を抑える作用があり、高血圧・動脈硬化・脂質異常症・脳卒中・心筋梗塞の予防と改善に効果があると知られている。
※3 飽和脂肪酸:脂肪酸の炭素鎖中に二重結合(C=C)をもたない脂肪酸。
※4 「日本人の食事摂取基準(2020年版)」:健康増進法に基づき、厚生労働大臣が生涯にわたる国民の栄養摂取の自主的な改善に向けた努力を推進するため、国民健康・栄養調査その他の健康の保持増進に関する調査、および研究の成果を分析し分析結果を踏まえ、食事による栄養摂取量の基準として定めているもの。
※5 活性酸素種(Reactive oxygen species ; ROS):反応性の高い酸素種の総称。主にミトコンドリアで産生され、細胞が酸化ストレスを受けた際に産生する。
※6 L型Ca2+チャネル:心筋細胞にはさまざまなイオンチャネルやポンプが存在し、心臓の収縮をもたらす。L型Ca2+チャネルは、心筋細胞膜に存在し細胞内へのCa2+の流入にはたらく。

【関連リンク】
農学部 食品栄養学科 准教授 森島真幸(モリシママサキ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/2297-morishima-masaki.html

農学部
https://www.kindai.ac.jp/agriculture/

▼本件に関する問い合わせ先
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