IEEEメンバーが提言 情報通信インフラの観点から見るスマートシティ構築に向けた取り組み

プレスリリース発表元企業:IEEE

配信日時: 2024-02-21 15:00:00

IEEE(アイ・トリプル・イー)は世界各国の技術専門家が会員として参加しており、ネットワークセキュリティーやロボティクス、半導体など電気・情報通信系の世界的な諸課題に関しても、さまざまな提言やイベント、標準化活動を通じ技術進化へ貢献しています。

IEEEメンバーである慶応義塾大学 西 宏章教授による「情報通信インフラの観点から見る スマートシティ構築に向けた取り組み」に関する提言を発表いたします。

スマートシティの構築に向けて様々な取り組みが行われていますが、情報通信インフラの観点から見て、何を目的とし、何を達成しようとしている、もしくはするべきなのでしょうか。

まず、スマートシティという用語が様々に解釈され広く利用されていることから、初めにその定義を明確にしたいと思います。スマートグリッドや、スマートモビリティ、スマート医療などは、それぞれ、電力、交通、医療それぞれのインフラへ情報処理・通信技術を導入することで、従来よりも高機能化、高効率化させたインフラ、言い換えればスマートインフラストラクチャの一つです。このスマートインフラが一つ導入されたいる、もしくは、複数導入されていても独立して導入されている場合、スマートシティと呼ぶに相応しいでしょうか。このままでは単にスマートグリッドなどと、その具体的な名称で呼ぶ方が適切です。
つまり、スマートシティとは、複数のスマートインフラが導入され、かつ、それらが相互連携することで新たなサービスが提供されている都市のことを指すといえます。同様に、ある街区で同様のことが言えれば、スマートタウンと呼称できます。地域性を省き、住民を対象とすることを強調するとスマートコミュニティと呼称できます。

スマートシティでは、様々な情報がエリア内でセンシングされます。得られた情報から有用な情報を抽出もしくは生成するプロセスが行なわれ、その情報を用いて機器を制御したり、人の行動に変化をもたらすような情報を提示するといったコントロールが実施されます。それにより、実際に機器の動作や行動変容、つまりアクションがもたらされます。このアクションは再びセンシングされ、このサイクルが繰り返されることで、よりよいサービスの提供を継続的に行うことができる仕組みを構築することができます。これは、センシングをObserve、プロセスをOrient、コントロールをDecideなどと同様と考えることができ、OODAサイクルを都市で実現すると考えることができます。

この実現において、近年のAIの発展は大量のデータを効率よく、また、精度よく処理できることから、プロセスやコントロールにおいて革命的技術といえ、ますますスマートシティの拡大が期待できるといえます。しかしながら、また根本的ともいえる大きな問題が残っています。それは、センシングです。特に行動変容を生み出すために効果的なアクションを実施するためには、対象地域住民の行動情報を取得する必要があります。この情報をどのように集めるのか?そして、そもそも集めることができる情報なのか?という問題があります。

まず、情報をどのように集めるのかを決めるには、あるサービスの提供に必要であるなど、その情報を収集するセンサの設置目的も当然ながら明確にしなければなりません。明確になれば、センサの設置コストやサービス提供コストと、サービス提供によって想定される利益とのバランスを見ることで事業化の検討ができます。しかしながら、現実にはどの情報が想定サービスに有効かが明確ではない場合も多く、やみくもにセンサを設置するなどして情報を集めるとコストバランスが崩れ、サービス提供そのものが破綻します。堅実には、まず現状で事業化が可能なサービスで取得されている情報をうまく本来の目的とは異なる目的で利用する、つまり二次利用して、新たなサービスを提供することが求められます。
この二次利用が鍵となります。

もう一つは、特に行動変容において有用な情報は、地域住民のプライベートな情報である場合が多い、つまり、そもそも集めることが難しい情報である場合が多いということです。プライベートな情報が漏えいしてはいけないのだから、暗号技術を用いるなどして秘匿化すればよいと考えることもできます。しかしながら、スマートシティの定義として、異なるインフラ間での情報流通が必要であり、秘匿化したままでは情報処理できません。もちろん、暗号計算技術の発展により、秘匿したまま計算することができるようになったといえますが、あらゆる処理が秘匿できるわけではなく、また、膨大な計算コストが必要になるため、多くのサービスにとって暗号計算の導入は運用面でもコスト面でも厳しいといえます。
外部から見えなければよい、と考えることもできますが、ではどこまでが内部で許されて、どこからが外部で許されないのでしょうか。これを決めることができるのは、情報提供者、つまり地域住民だけです。国内外の個人情報に関する保護規定に則すれば、何をするにもオプトインが必要となります。これでは、情報流通を活発化させるほどサービス提供者、情報提供者双方のオプトイン労力が増え、結局スマートシティの発展が遠のきます。

これに対する一つの解が情報匿名化です。匿名化は、情報に含まれる個人情報に類する部分を一般化と呼ばれる処理により、「あいまい」にし、個人が特定できないように加工することで公開可能な情報に変換する処理です。暗号処理は情報秘匿技術であり、匿名処理は情報公開技術という点で大きく異なります。情報匿名化は、先に述べた情報の二次利用に大きく貢献します。

では、匿名化すれば解決か、というとそうではなく、匿名化する場所も重要です。匿名化するために個人情報が含まれる情報をクラウドに送信しては意味がありません。クラウドを信用して個人情報を送信できるのであれば、初めから匿名化する必要はありません。信用できないから匿名化する必要があります。つまり、匿名化はできるだけローカルで行うことが重要であり、匿名化により、情報提供者つまり、地域住民の情報提供ハードルを下げることができることから、より情報を集めやすくなるといえます。

この情報収集範囲と、サービスの有用性、情報提供時の安全性にはトレードオフがあります。様々な情報が集まるほど匿名化の際に失われる情報の割合である情報損失度が小さくなり、サービス提供における有用性や精度が高くなります。つまり、自分自身だけで匿名化すると情報損失度は最大でサービスの有用性が低いが、外部へ情報を提供しやすくなります。一方で、クラウドなど情報が最終的に集約するところで匿名化すると情報損失度は最小でサービス有用性が高いが、外部に未加工情報を流すため、情報漏洩リスクの懸念があります。

匿名化の強度と安全性、情報収集のしやすさにもトレードオフがあります。匿名化するほど、安心感から情報を提供しやすくなる傾向があります。つまり、匿名化をより強く施したデータ程、そのデータを利用したサービスの品質は低下し、結果として匿名化データの価値は下がります。結果として、そのデータの入手価格や、データを利用したサービスの提供価格が低下しますが、データは集めやすくなる、といえます。

これらのトレードオフの議論には、情報のカプセル化という概念の考慮が重要となります。サービスには個人向けサービスと、マス向けサービスがあります。個人向けサービスは個人情報と密接に絡み合って提供されます。つまり、このようなサービスは地域住民の近く、ローカルで実行されるべきサービスと言えます。一方でマス向けサービスは、特定の個人を対象としておらず、匿名化されたデータを利用しても問題ありません。つまり、何でもクラウドで処理しようとしている状況は、スマートシティの発展を阻害しかねない状況にあり、ローカルでの実行、つまりエッジ処理も念頭においた複合的な環境における適材適所でのサービス提供が重要になるといえます。
そして、これら複雑に絡むトレードオフのバランスを見極めることが必要となります。

適材適所でのサービス提供という観点では、エッジを実現するための5Gといった次世代情報通信技術や、高性能なエッジ端末の登場、エッジAIなど高度なエッジ処理技術の発展、クラウドとエッジで処理を効率よく処理を分散させる仕組みなど、必要な技術がどんどん揃っている状況にあります。スマートシティが取り組むのは情報資本運用という本質的なテーマであり、有用なサービスの構築、さらなるサービスの高度化と高効率化といった進歩が今後さらに期待できるといえます。この進歩を支えるように、スマートシティにおける複雑なトレードオフを扱うことができ、情報共有やサービス提供を円滑化する技術標準が今後提案されていくと考えられます。


■IEEEについて
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