覚悟に欠ける新型コロナへの対応で、「ホンネ」と「タテマエ」の乖離拡大が進む

2022年8月30日 11:49

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 新型コロナへの対応に、ギクシャクした感じが否めないばかりか、日々拡大しているようだ。

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 日本で新型コロナウイルスが認識された20年初期の時点で、「新型コロナは猛烈な致死性を伴う恐れがある」として、感染症法上の「2類相当」と扱うように指定された。50%を超える致死性で恐れられている「エボラ出血熱」と、同等のリスクがある「かも知れない」という危機感が伺える。未知の危機に対して最大限の警戒心を持って対処し、社会の安定と国民の生命を守るという意味で、当時の決定は妥当だったろう。

 新型コロナはその後変異を繰り返して、重症化が著しく低下したというのが大方の認識だ。もちろん、人類の歴史の中でも前例のない驚異的なスピードで開発されたワクチンと、治療薬が奏功していることも否めないが、新型コロナ自体が「風邪みたいなものになった」のも事実のようだ。

 脅威の実態が「風邪程度」であるとの認識が共有されつつあるにも拘らず、「感染症2類相当」という当初の指定が変わらないため、新型コロナへの向き合い方にホンネとタテマエの使い分けが行われているのではないという疑問が拭えない。

 「2類相当」だから、社会を防衛するために「保健所」が患者の容態や行動を把握するのがタテマエだが、毎日10万人単位で発生する患者と濃厚接触者を把握することなど所詮不可能だし、意味もないから実態(ホンネ)は伴わない。重症者への対応に重点を置かざるを得ないというのがホンネだろう。

 8月24日、朝のNHKニュースでは「23日、新型コロナの感染者の死亡が過去最高の343人になった」と伝えていた。同日の重症者が646人と伝えられているから、重症者の半数以上は亡くなっていると感じられなくもない。致死率50%以上である。表現として間違ってはいなくとも、言葉の使い方は無神経極まりない。ウクライナでの死亡者よりも多いから、報道に受け身で接している人が、恐ろしい事態が起きていると感じて恐怖心を募らせるのは当然だ。

 少し前の15日、愛知県の大村秀章知事は「第7波で、新型コロナが原因で亡くなった人はいない」とした愛知県の発表を踏まえて、新型コロナへの対応を全面的に見直すことを国に要請している。

 死亡した人が新型コロナに感染していた場合、他の持病などが原因で亡くなった場合であっても、新型コロナの死亡者数に含めて発表されている(せざるを得ない)ことへの疑問を表明したのだ。PCR検査で陽性だったが症状のない患者が、ガンが原因で死亡したとしても「新型コロナの感染者の死亡数」にカウントされてしまう。

 「感染症2類相当」を見直すべきだという議論は以前から見受けられ、国会でも問題提起されている。22年初めに「新型コロナの分類を5類に変更するのか」という記者からの質問に対して、岸田首相は「現実的ではない」と回答して、見直す考えがないことを示唆した。何を指して「現実的でない」のか不明だが、その後の関係者の発言には同様のニュアンスが感じられる。

 結局、感染法上の取扱いを変えないまま、現場の負担軽減に迫られて「全数把握」を見直すという方針の具体化を進めている状況だ。「5類」に変更して医療費が患者負担になると、社会に反発が生まれることを危惧しているかの報道もあるが、ホンネとタテマエの使い分けで「感染症2類相当」を骨抜きにして、タテマエのために制限なく国費を投入する余裕がこの国にあるとは思えない。(記事:矢牧滋夫・記事一覧を見る

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