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東日本大震災における自衛隊の教訓【フィスコ世界経済・金融シナリオ分析会議】
*11:04JST 東日本大震災における自衛隊の教訓【フィスコ世界経済・金融シナリオ分析会議】
東日本大震災発生から10年に際し、山崎幸二統合幕僚長は2021年3月11日の定例記者会見で、「東日本大震災において自衛隊で得られた多くの教訓と課題を踏まえ、災害対応に万全を期し、平素からあらゆる事態に備えることの重要性を認識し、自衛隊として災害発生時には全力で国民の生命、財産を守るという使命を果たす」と災害対応への決意を述べた。本稿では、東日本大震災で得られた教訓等の概要やその後の措置事項、各施策の実施状況など概観してみよう。
東日本大震災当時、陸上自衛隊の幕僚長を務めていた火箱芳文氏は、「陸上幕僚長は陸上自衛隊の部隊を指揮する権限を持っていませんでしたが、辞任覚悟で5人いる方面総監に災害派遣の出動準備を要請しました。災害にあった人の生存率が高いのは災害発生から72時間以内であり、危機的瞬間には手続きの万全さより迅速・実効性ある行動が勝ると判断したのです」と当時の状況を振り返った。1995年の阪神淡路大震災の際、「自衛隊の出動が遅い」との批判から「自主派遣の基準」を明確化し、災害発生直後から3自衛隊が出動し始めたため、東日本大震災では19,286人もの人命救助に繋がったのではなかろうか。
従来、陸上自衛隊の指揮系統は、内閣総理大臣、防衛大臣、各方面総監等という系統であった。海上自衛隊と航空自衛隊は、実力部隊として自衛艦隊、航空総隊があり、防衛大臣は自衛艦隊司令官、航空総隊司令官に命じれば部隊が動く形であったが、陸上自衛隊は、5人の方面総監に命令を出さなければならなかった。そこで、2018年3月に「陸上総隊」という組織を創設し、全国の5つの方面隊を統括し、1元的に部隊を指揮できる体制とした。これにより、陸上総隊司令官の指揮の下、迅速で効率的な部隊運用が可能になった。
福島第2原発事故に対処するため、自衛隊に対し、創設以来、初めて「原子力災害派遣」が発令された。陸上自衛隊中央即応集団司令官(震災当時、2018年廃止)が指揮を執ったが、原子力災害対処のための態勢、教育、訓練、装備、機材等の準備は不十分であった。そのため陸上自衛隊は、2012年度以降、NBC(NBC:Nuclear Biological Chemical)偵察車両、化学防護衣、線量計、携帯除染器等の各種装備を取得し、これらの機材を使用した原子力災害対処訓練等の実施、原子総合防災訓練等への参加、放射線関連教育の受講などを通じ、原子力災害を含む大規模・特殊災害に迅速かつ適切に対応できる態勢を構築している。
東日本大震災で大きな成果を収めた活動の一つが、予備自衛官と即応予備自衛官の活躍であった。防衛省によると、2011年3月16日、予備自衛官等の招集が閣議決定され、即応予備自衛官1,352人、予備自衛官290人が3月23日から6月22日までの間、物資輸送支援、衛生支援、通訳支援などに従事し、東日本大震災の災害派遣で重要な任務を実施した。そして、東日本大震災以後も予備自衛官等は7回も招集され、災害派遣における一翼を担っている。
残念ながら、2018年度末で予備自衛官は定員47,900人に対して現員が33,875人、即応予備自衛官は定員8,075人に対して現員が4,318人と、大きく定員を下回っている。これは、両予備自衛官とも年間5~30日の訓練参加が義務付けられており、雇用企業及び本人に大きな負担となっているためであろう。予備自衛官、即応予備自衛官を雇用する企業等の負担等に報い、両予備自衛官が容易に訓練及び災害派遣等の招集に参加できるよう雇用企業協力確保給付金制度における給付額の改定などに取組み、両予備自衛官の充足率改善の方策が模索されている。
災害派遣は、2次災害にあう可能性がある危険な業務であり、ご遺体の収容作業やご遺族への対応など精神的に強いストレスを受ける業務である。それに加え、自分自身も被災者であり、家族の安否確認ができないまま災害派遣業務に従事せざるを得ない隊員も見受けられた。陸上自衛隊では、(1)陸自メンタルヘルスチームの派遣、(2)部隊指揮官による部隊指導、(3)ストレス緩和・疲労回復措置(被災以外の駐屯地等での一時的な休養等)、(4)精神状態のフォローアップ(災害派遣終了後1,3,12カ月にわたる長期的スクリーニング)といった惨事ストレス軽減対策がとられるとともに、将来的に、臨床心理士、心理カウンセラーの育成・増員など、災害派遣参加隊員に対する精神的ケア体制を推進している。
中央防災会議は、30年以内に70%以上の確率で首都直下地震、相模トラフや南海トラフでの巨大地震の発生を見積もっている。東日本大震災での教訓や課題を克服し、国民の生命・財産を守るために、自衛隊が迅速かつ効率的に活動できるよう、訓練を重ね、装備の充実を図り、万全の態勢で災害に対処することを期待したい。
サンタフェ総研上席研究員 將司 覚
防衛大学校卒業後、海上自衛官として勤務。P-3C操縦士、飛行隊長、航空隊司令歴任、国連PKO訓練参加、カンボジアPKO参加、ソマリア沖・アデン湾における海賊対処行動教訓収集参加。米国海軍勲功章受賞。2011年退官後、大手自動車メーカー海外危機管理支援業務従事。2020年から現職。《RS》
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