中国の脅威に直面するベトナムの等距離外交【フィスコ世界経済・金融シナリオ分析会議】

2020年10月21日 09:13

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記事提供元:フィスコ


*09:13JST 中国の脅威に直面するベトナムの等距離外交【フィスコ世界経済・金融シナリオ分析会議】
今年7月にThe Diplomatが報じたところによれば、ベトナム最大の国営エネルギー企業ペトロベトナム(Vietnam Oil and Gas Group: Petrovietnam)は、南シナ海における石油・ガス共同開発事業の中止に伴い、スペインのレプソル(Repsol)社とアラブ首長国連邦のムバダラ(Mubadara)社に総額10億ドルもの補償金を支払うことになった。事業中止の原因は、中国による威嚇と妨害だとされる。

4月19日、新華社通信は、中国がかねてから九段線(Nine-dash Line)によってそのほぼ全域の領有権を主張する南シナ海に、海南省三沙市が新たな行政区を設定することを国務院が承認したと発表した。西沙諸島及び中沙群島とその周辺地域に「西沙区」が、南沙諸島とその周辺地域に「南沙区」が設置され、それぞれの政府機関が永興島と永暑礁に置かれることになった。4月2日に、中国海警局の船から体当たりされ、漁船が沈没する事案が発生したベトナムは、これに強く反発した。

ベトナムと中国の関係は複雑だ。ベトナム戦争が始まったころは中国が支援をしていたことから、当時のベトナム民主共和国(北ベトナム)との関係は良好だった。しかし、1972年の米中接近に続いて激しい北爆が開始され、中国がこれを了承していたと認識した北ベトナム政府は中国から裏切られたと受け止め、両国の関係は悪化した。1973年1月のパリ和平協定によって米軍が撤退すると、1974年には当時のベトナム共和国(南ベトナム)が領有していた西沙諸島一帯を武力で占領した。

1976年に南北ベトナムが統一されてベトナム社会主義共和国が樹立されたのちは、カンボジアとの関係もあって1979年に直接武力を交える中越戦争が勃発、1984年に未確定の国境地域をめぐって軍事衝突が発生した。1988年に領有権を争う南沙諸島で両国海軍が交戦状態に入り、ベトナム側の人員や艦船に甚大な損害が生じた。この結果、南沙諸島では、ベトナムと中国がそれぞれいくつかの島や岩礁を占領しあう状態となった。対立していた両国ではあったが、1989年にベトナムがカンボジアから完全撤退したことをきっかけとして関係正常化協議が進展し、1991年11月には関係正常化宣言が発表された。

依然として領土問題を抱える両国ではあるが、経済的には強い関係を持っている。2009年から2018年にかけて、ベトナムのGDPは1,291億ドルから3,040億ドルへと2.4倍の規模に拡大し、この間の輸入総額は3.5倍に、輸出総額は4.2倍に増加した。この期間における輸入は中国からのものが最も多く、中国からの輸入額は2009年の159億ドルから2018年には5.2倍の833億ドルに急拡大した。2018年の中国向け輸出も、2009年の47億ドルの11.4倍となる538億ドルと著しい増加となり、米国向けの2.9倍よりも大きな成長率を示した。中国向け輸出額は2017年まで米国向けより少なかったが、2018年には上回り、最大の輸出相手国となった。

その一方で、西沙諸島付近で操業するベトナム漁船に対する中国の妨害や拿捕は2009年頃から激しくなり、ベトナムは米国との協力を模索するようになった。2010年には定期的な共同演習を開始し、2011年9月には米国と「二国間の防衛協力の推進に関する覚書」を締結した。しかし、ベトナムは米国との安全保障協力を深化させる一方で、経済的な依存を強める中国との複雑な関係から、それが行き過ぎることには自ら制限を加えてきた。

2019年11月25日、2009年に発表された3回目の国防白書から10年を経て、新たな国防白書が発表された。この中では、南シナ海に不安定さや緊張を引き起こす可能性のある要因が、依然として存在し複雑に進化しているという認識が示されていた。南シナ海情勢に関する「東海(南シナ海)の主権に関するベトナムと中国の間の相違は歴史的存在であり、両国の発展に向けた平和、友好、協力への否定的な影響を避けるために予防的な措置で解決する必要がある」という記述からも、不安定要因として中国が念頭に置かれていることは明らかだ。

従来からベトナムは、いかなる軍事同盟にも加盟しない、他国との対立に第3国の協力を求めない、外国軍の基地設置や国内での軍事活動を許可しないという「3つのNo」を明確に示しているが、今回の国防白書では、これに加えて国際関係では武力の使用や威嚇を行わないことが表明された。あくまでも平和的解決を目指す姿勢を明らかにしたものだが、状況に応じて国防能力を向上させ共通の安全保障上の脅威に対処するためには、他国との防衛協力を強化するという留保も示されている。南シナ海における中国の一方的な行動が強まる傾向にある中、米国との防衛関係強化の可能性も含んだベトナムのバランス重視の等距離外交政策は、これからその有効性を試されることになるだろう。

サンタフェ総研上席研究員 米内 修 防衛大学校卒業後、陸上自衛官として勤務。在職間、防衛大学校総合安全保障研究科後期課程を卒業し、独立行政法人大学評価・学位授与機構から博士号(安全保障学)を取得。2020年から現職。主な関心は、国際政治学、国際関係論、国際制度論。《RS》

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