新型コロナ感染拡大防止策の決まり文句、「不要不急の外出」とは何か?

2020年7月24日 16:53

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 新型コロナウイルスの感染確認数が毎日発表されており、過去最多を更新したというニュースを耳にすることも多くなった。感染者数が累計で1万人を超えた東京都の小池百合子都知事は22日、23日から4連休が始まることを念頭に「これ以上の感染拡大は防ぎたい。都民の皆様は感染対策を万全にして外出は出来るだけ控えてほしい」と訴えたという。これまでも再三聞かされてきた「不要不急の外出はやめてほしい」ということだ。

【こちらも】新型コロナウイルスの動向を、感染者数で論じるのは正しいのか?

 感染症が人類を危機に陥れたのは新型コロナウイルスが初めてではない。ペストやコレラ、スペイン風邪など、人類に襲い掛かった厄災は数多いが、幸か不幸か現代人にとっては初めての経験である。過去の歴史を紐解き、記録された貴重な証言に触れることの出来る人は限られている。

 多くの人は、ワイドショーなどで刺激的に報じられる事柄と、受けを狙うコメンテイターの発言に不安を掻き立てられていた。そんな最中に「不要不急の外出はやめよう」というメッセージを受けたら、思考停止状態で従ってしまったことは止むを得ない。だが、不要不急の外出とは何だろうか?

 飲食もショッピングもレジャーや旅行も、すべて不要不急の無駄なことだったのだろうか?心身をリフレッシュさせる効能を忘れてひたすら在宅を続けていれば、溜まりに溜まったストレスがあらぬ方向へ噴出することもあるだろう。外出する用件に優先順位を付けることは出来るだろうが、”不要不急”と切り捨てられるような用件はおそらく存在しない。

 第3者が見て「あんなことしなきゃいいのに」と思うようなことでも、当事者の人生というリズムの中では不可欠なことなのだという柔軟性がなければ、衆人の中で監視されている状態と変わりない。

 国を跨ぐ移動どころか、県境を越えることにさえ自重を求められて、関連業界の惨状は目を覆うばかりである。大手事業者の中には破綻へのカウントダウンが始まったかのような報道すらある。

 我々はいつの間にか、「感染死」と「経済困窮」の2者択一を迫られてしまった。感染しないように家に閉じこもって経済的な死を招くか、経済生活を優先したが故に感染して死に至る以外に、取り得る手段はないのだろうか。もう少し柔軟な考え方を持たなければ、経済的にか肉体的にを別にして、我々は死の宣告を待つばかりである。

 災いから遠ざかることだけを考えていても、解決策を手にすることは出来ない。今までの知見で得られた、「マスクを着用して、手洗い・うがいを励行すること」と「3密」を避けることを徹底して、感染拡大を抑止しながら経済・消費活動を並行する以外に道はないと感じている。

 ところで日本銀行が銀行に対する当面の考査見合わせを発表したことに対して、「考査も不要不急か?」と報じられるのは、日銀にとって想定外の不本意なことであろう!(記事:矢牧滋夫・記事一覧を見る

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