「鉄道」文学・映画の変遷 時代と歴史背景を時に照らし時に反映

2017年9月24日 14:01

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 推理小説の王道、鉄道ミステリー。アガサクリスティー作『オリエント急行殺人事件』の中に登場する名探偵、エルキュール・ポアロは季節外れの満室状態だった列車に乗り合わせたが、その夜中に車内で殺人事件に出逢った。被害者にボディガードを頼まれたのに断った負い目も感じてポアロはこの謎を解こうとするのだが、その過程で乗客同士のアリバイが複雑な絡み合いを見せながら誰も犯人に特定できない難題に当たる。乗客の証言は一様に、誰かが外から来て殺人を犯したに違いないという結論に導こうとするようである。

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 やはり、外部侵入者による犯行だったか?しかし、物理的にあり得ない。途中駅から乗車した記録はなく、殺傷後、大雪で立ち往生している列車の外に逃げ出すのは無理である。真相が見えない困難な渦中に居ながら、ポアロはある証言をきっかけに乗客同士の過去の経緯、そして季節外れの満室だった状況、被害者の傷口を精査した結果からもう1つの想定に思い至り、結果、乗客がみな主張する外部侵入者説とは別のもう1つの物語を用意して乗客全員を集めて語りかけたのが有名な最後のシーンである。答えはいくつがあるが2つ示す、どちらが正しいか?真実が必ずしも人を幸せにするものではない。そんな主張を以て乗客を説得し全員納得させた。名作中の名作の一つといえる。時代は第二次大戦に向かおうとする最中の1934年発表の作品であり、欧州上流家庭の愛憎劇が色濃く見えるのもまたいい。

 翻って日本。松本清張の『点と線』は既に古典の域に入ったが、トラベルミステリーの走りともいえる作品。産業建設省の幹部が女性と同行して夜行寝台特急あさかぜ号に乗車し、向かった九州で情死体で発見された。捜査に当たった刑事は聞き込みを重ねながら、東京駅の列車発着ダイヤから見てある時間帯しか眺めることが出来なかった”その時”を狙うアリバイの手口を見つけ出した。そして、最後に真犯人のアリバイを崩した決め手が東海道線の走行方向と車窓。動機は男女関係の業の深さ、結末は、より掘り下げて真相を確かめようとしていた矢先に病気がちだった真犯人たちが遺書を残し自殺してあっけなく収束する。真実がわかって人が幸せにならないもう一つの例だろうか。高度成長に向かおうとする日本国内に垣間見えた歪に焦点を当てた作品ともいえるかも知れない。

 文学的な喩えでは鉄道とバスが対比されるときによく言われるのが、鉄道は悲劇の象徴、バスは喜劇の象徴、という文言である。それでは地下鉄やLRTは一体何だろうか?一つのヒントになりそうな作品が現代にあった。地上と地下の間にタイムスリップする世界を東京の複雑怪奇な地下鉄網の中で描き出した映画『地下鉄に乗って』だ。旧い名作『トワイライトゾーン』にあるミステリー性、『バックトゥー・ザ・フューチャー』に登場する縦横無尽なタイムトラベラーの姿に加え、親子・兄弟の愛憎劇を描いており、読者の心に突き刺さりながら、暖かくほぐしてもくれているようだ。これまでの鉄道文化、日本の分刻みの正確さはトラベルミステリーと謎解きという一大文化を築き上げたが、これから向かうべき方向性は、都市部の地下鉄と地方ローカル線が二極分化する方向性の中に幾つかのヒントがあるようにも見えるのである。鉄道文学と映画作品、今後も注目して行きたい。(記事:蛸山葵・記事一覧を見る

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