【コラム 山口利昭】IHI粉飾決算損害賠償事件判決が企業法務に及ぼす影響度

2014年12月5日 11:11

印刷

記事提供元:さくらフィナンシャルニュース

【12月4日、さくらフィナンシャルニュース=東京】

■IHIは虚偽記載を行ったと認定


 すでに新聞等でも報じられているとおり、11月27日、IHI(旧石川島播磨重工業)の工事進行基準の処理方法に関連する不適切会計処理問題について、東京地裁で会社側一部敗訴の判決が出ました(判決要旨はこちらのHP(http://www.news-pj.net/diary/11656)でご覧になれます)。

 拙ブログでも2008年ころに本件については何度か話題にさせていただきましたが、現(元)株主の方々が、金商法18条1項(発行市場規制)、同21条の2、1項(流通市場規制)に基づいてIHIに「粉飾による株価の下落」を損害として、その賠償を求めたものです。

 IHI側は「報告書の訂正は会計処理上の問題で、虚偽記載ではなかった」と主張しましたが、東京地裁第31民事部は「企業会計準則の裁量を逸脱していた」として、IHIは虚偽記載を行ったものと認定しました。

■金融庁の検査報告書に裁判所がアクセスできた意義


 三洋電機事件やNOVA事件、ビックカメラ事件等の判断とは異なり、今回の判決では、

(1)金融庁の課徴金決定が出されたこと
(2)それ以前において社内調査でも虚偽記載の重要事実については認定していたこと
(3)修正額が大きく、その結果として利益が過大に計上されていたこと

 などを有力な根拠事実として、司法の上でも「虚偽記載あり」とされています。

 とりわけ先日のシャルレ事件、住友電工カルテル事件の株主代表訴訟と同じく、原告側による文書提出命令申立が認容され、金融庁の検査報告書の内容に裁判所がアクセスできた意義が大きいと思います。

 なお、(発行市場は法務省管轄の会社法の規制との関係もあるため)流通市場に限られますが、今年の金融商品取引法の改正によって、法人の虚偽記載民事責任は過失責任に変わりましたので(これまでは無過失責任)、今後同様の裁判が係属した場合には法人側からの「相当な注意を尽くしていたこと」の反証が主張されることも考えられます(このあたりはまた別の機会に述べたいと思います)。

 損害の範囲がかなり限定されたこともあり、またIHI側にも判決に不服があると思いますので、本件は控訴される可能性が高いと予想します。

 ただ、逮捕者も出ておらず、またそれほど社会的に大きく報じられることもなかった、IHI社という、いわば「誠実な名門企業」による粉飾事件において、会計処理の裁量を逸脱したことによる虚偽記載あり、と認定されたことは画期的です。

 会計監査に携わる外部監査人や監査役の方々も、この判決の内容についてはかなり驚いておられるのではないでしょうか。

 金融庁(SESC)が会計処理に関する調査に乗り出してきた場合、企業側としては自主訂正によって対応することが多いでしょうし、また事実関係は社内調査委員会や第三者委員会によって積極的に調査を行い、その結果、SESCによる課徴金勧告が出された場合には争わないことが大半かと思います。

 しかし、そういった対応が後日の法人や役員に対する開示違反民事責任を追及する裁判において不利な事情となる・・・ということになりますと、今後の対応についても検討の余地がありそうです。

■ドキドキされている方々


 さて、ここからは私の個人的な推測にすぎませんが、本件判決で会計監査や監査役監査に与える影響もさることながら、もっとドキドキされている方々がいらっしゃるような気がします。

 つまりIHIと関係の深い株主の方々です。

 普段はIHIとお取り引きがあるために、今回の損害賠償裁判では、もちろん原告株主にはなっていません。しかし、このように一部でも原告株主側が勝訴して損害を賠償できるとの判決が出た場合、

 「なぜ●●社はIHI社の粉飾によって損害を受けているのに訴訟に参加しなかったのか」

 と当該会社の株主から質問を受けることになります。

 もし合理的な説明ができなければ、訴訟を提起せず、損害を放置したことについて、当該会社の役員の方々は株主代表訴訟を提起されるリスクが顕在化します。たとえ放置していたとしても、株価が回復して損害がなかったとされれば良いのですが、株式取得時期との関係で、多少なりとも損害が発生している、といった場合には「持ち合いの弊害」を突かれて株主代表訴訟リスクを負担することになります。

 このあたり、今後の控訴審判決の内容にもよりますが、IHIのお取引先企業の方々が、かなりドキドキされているのではないかと。【了】

 山口利昭(やまぐち・としあき)/山口利昭法律事務所代表弁護士。
 大阪府立三国丘高校、大阪大学法学部卒業。大阪弁護士会所属(平成2年登録 司法修習所42期)。現在、株式会社ニッセンホールディングス、大東建託株式会社の社外取締役を務める。著書に『法の世界からみた会計監査 弁護士と会計士のわかりあえないミソを考える』 (同文館出版)がある。ブログ「ビジネス法務の部屋」(http://yamaguchi-law-office.way-nifty.com/weblog/)より、本人の許可を経て転載。

■関連記事
IHI:13年3月期の純利益39%増に上方修正、為替の円安効果や工事採算の好転により増益見込む
オリンパスが希望退職者を募集、デンソーがパキスタンにIHIがルクセンブルクに合弁会社設立、スターバックスの8月既存店売上が増加、イオンがペット葬の霊園紹介サービス開始=3日の注目銘柄
IHI:ルクセンブルクのポールワース社と製鉄機械事業の合弁会社を設立

※この記事はSakura Financial Newsより提供を受けて配信しています。

関連記事