【コラム 山口一臣】詐術と詭弁を弄した「憲法解釈変更」の閣議決定

2014年7月4日 23:12

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記事提供元:さくらフィナンシャルニュース

【7月4日、さくらフィナンシャルニュース=東京】

●詭弁を弄して政策転換


 この男はまた詭弁を弄して国民を欺こうとしているのか。

 安倍晋三首相の記者会見を見ての偽らざる感想だ。

 安倍政権は7月1日、集団的自衛権の行使を禁じてきた従来の憲法解釈を変え、行使を認める閣議決定をした。集団的自衛権の行使とは、日本が攻撃されていないのに他国(=同盟国。現在の日本ではアメリカが唯一)の戦争に参加することである。

 専守防衛を国是としてきた日本にとって、極めて重大な政策転換である。

 にもかかわらず安倍首相は会見でこう繰り返した。

 ・現行の憲法解釈の基本的考え方は変わらない。
 ・海外派兵は一般に許されないという従来の原則も変わらない。
 ・自衛隊がかつての湾岸戦争やイラク戦争での戦闘に参加するようなことはこれからも決してない。
 ・外国を守るために、日本が戦争に巻き込まれるという誤解があるが、ありえない。
 ・今回の新3要件(日本が武力行使をするための条件=“歯止め”などとも言っている)も、今までの3要件と基本的な考え方はほとんど同じと言ってよく、表現もほとんど変わっていない。

 「ウソをつけ」とおもわずテレビに向かって毒づいてしまった。

 これまでの考え方と変わらないなら、新たな閣議決定などする必要はないではないか。安倍首相は会見の冒頭でこう言っている。「新しい安全保障法制の整備のための基本方針を閣議決定した」。つまり、新たな考え方のもと新たな方針を決めた、ということだ。

 今回の閣議決定について、憲法から軍事までさまざまなレイヤーでの批判や反対意見があるが、あまり指摘されていないのが、この「詐術を弄して目的を達成しよう」とする姿勢である。これは、安倍政権の“癖”かもしれない。

 例えば、「新3要件」である。

 日本が憲法上、武力行使が認められる条件として、政府はこれまで次の3つの条件をあげていた。(1)我が国に対する急迫不正の侵害があること、(2)この場合に排除のために他に適当な手段がないこと、(3)必要最小限度の実力行使にとどまるべきことーーーで、このすべてが満たされたとき、自衛隊は自衛権を発動し武力行使できることになっていた。

 これが「新3要件」では、こうなっている。

(1)我が国に対する武力攻撃が発生した場合のみならず、我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある場合に、
(2)これを排除し、我が国の存立を全うし、国民を守るために他に適当な手段がない時に、
(3)必要最小限度の実力を行使すること。

 これを安倍サンは、「基本的な考え方は同じで、表現もほとんど変わっていない」と言っている。

 確かに(2)(3)はそうだろうが、(1)は誰がどう読んでも、違うだろう。我が国が攻撃された場合に限るのと、我が国と密接な関係にある国が攻撃された場合を含めるのとでは、天と地ほどの差がある。

 しかもこの(1)こそが「新3要件」の肝であり、今回の閣議決定の核心なのだ。それをきちんと説明せずに「基本的な考え方は同じで、表現もほとんど変わっていない」などと言うのは、詐術以外の何ものでもない。あまりに姑息な言いっぷりだ。

●詐術で国民を愚弄


 突っ込みどころは他にもたくさんあるが、キリがないのでもう1点だけ。

 安倍サンは、「現実に起こり得る事態に現行憲法下で何をなすべきか」と言って、具体例として5月15日の会見でも使った、船上でお母さんが赤ん坊を抱いている絵が描かれているお得意のパネルを使って説明を始めた。

 「例えば、海外で突然紛争が発生して逃げる日本人を、同盟国の米国が救助・輸送している時に日本近海で攻撃を受けた時、我が国への攻撃ではないが、日本人を守るため、自衛隊が米国の船を守れるようにする…」

 これは朝鮮半島有事を想定したものだといわれている。

 これだけ聞くと、日本人が乗っている船を自衛隊が守れるようにするのは、まあ悪いことではないと思うかもしれない。そして、自衛隊が日本ではない米国の艦船を守るためには、集団的自衛権行使を認める必要がある、と思うかもしれない。

 しかし、ここが詐術だ。

 日本の海上自衛隊はすでに日本へ石油や食糧を運ぶ商船を守る「シーレーン防衛」を主任務としており、日本以外のパナマ、イベリア、香港などの外国船を警護対象としている。日本の存立に不可欠な物資を運んでいるからだ。

 この考えを援用すれば、集団的自衛権など持ち出さなくとも、日本人が乗っている米国船を自衛隊が守ることは当然、できるはずだ。

 そもそも、朝鮮半島有事で米国艦船が日本人避難者を運ぶこと自体が、(安倍サン流に言えば)ありえない。米国は紛争地帯からの民間人救出には国籍による優先順位を設けていて、(1)米国籍保持者、(2)米グリーンカード保持者、(3)イギリス、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド国民、(4)その他、の順で、日本人は「その他」に入る。韓国には米国籍の民間人が10万人以上いるから、日本人の順番が回ってくるのはずっと先だ。米国艦船に助けられる前に、とっくに日本の船に救出されていることだろう。

 ちなみに、この話はもともと北朝鮮からアメリカ本土に向かってミサイルが撃たれた時に日本は黙って見ているだけでいいのか、というところから始まった。それが、北朝鮮からアメリカに向かうミサイルは日本上空を通過しないと指摘され、「アメリカ本土」がグアムやハワイになった。ところが、たとえミサイルが日本上空を通過しても、それを撃ち落とすことは技術的に不可能だということがわかり、紆余曲折の末に出てきたのが、この「海外で突然紛争が発生し……」という例だった。

 いずれにせよ、こんなありもしない作り話を例示して、重大な政策転換の根拠にしようという態度は国民を愚弄しているとしか思えない。

 では、安倍サンはいったい何を考えているのか。

 世間には、安倍サンが戦争をしようとしているなどと批判する向きもあるが、そんなことはありえない、と私は思う。日本の政治家で、日本が戦争に巻き込まれていいと思っているいる人など一人もいないはずだ(そう信じたい)。安倍サンは、安倍サンのやり方で、日本の平和を守ろうとしている。その考えは、とても単純でわかりやすい。

 それは2006年に出版された安倍サンの著書『美しい国へ』(文春新書)を読めばよくわかる。

 要は、日本の安全は日本独力で守ることはできず、日米同盟に頼るしかない。米国の国際社会への影響力や軍事力を考えると、日米同盟はベストの選択だ。その日米同盟を強化するためには、日本が攻撃を受けた時は米国に守ってもらうが、その逆、つまり米国が攻撃を受けた時に日本が出ていくことはできない、ということでいいとは思えない。日米同盟の双務性を高めるということは絆を強くするだけでなく、対等な関係を築くことにもなる。双務的な同盟関係の実現は、基地問題を含めて日本の発言力を高めることにもなる----。

●潜り込ませた新3要件


 非常にわかりやすいと思う。これをそのままストレートに説明して、議論の材料すればいいのに、とも思う。もちろん、それに対して大きな批判を浴びるかもしれない。平和の実現?維持にはさまざまなアプローチがあるからだ。だが、安倍サンの考えは考えで、それなりに筋は通っている。それが信念ばらば、正々堂々と議論を挑み、反対者を賛同者に変えていけばいい。それできるかどうかが政治家としての力量ではないか。

 でも安倍サンはそれをしようとせず、イージーな道を選んだ。

 安倍サンは本心では憲法9条を改定し、日本の平和を守るために、自衛隊ではない正式な軍隊「国防軍」を創設したいと考えている。しかし、憲法改正要件である国会議員の3分の2の賛成を得る(説得する)自信がなかったので、改正要件を緩和するためまず96条の改正を試みようとした。しかし、これも世間の予想外の反発を感じて引っ込めてしまい、次に考えたのが閣議決定による憲法解釈の変更だった。

 しかし、この閣議決定の文章にも「従来の憲法解釈を変え、今後は集団的自衛権の行使を認めることとする」とは明確に書かれていない。読んでも読んでもよくわからない、詭弁と詐術を弄した長い長い文章の終盤に、先に書いた「新3要件」をコショッと潜り込ませただけなのだ。

 その決定について安倍さんは、「自民・公明の連立与党が濃密な協議を積み重ねてきた結果」であると自賛した。しかし、これも詐術だ。日本の安全保障政策の大転換を決めた与野党協議は、5月20日に始まって都合11回、協議時間は計13時間だったという。とても議論が尽くされたとは言い難い。

 私は個人的には現行憲法を墨守すべきとは思っていない。憲法も安全保障のあり方も、時代とともに変わっていくのは当然だ。また、一国のリーダーが自らの信念に従い、国のありようを変えていこうとするのも否定しない。しかし、今回の閣議決定のように、本音や本心を隠したまま、結果だけ先に得ようとするやり方は邪道である。

 安倍政権は、ここ数代の内閣でもっとも国民の支持が高い。それだけに、正面からの正々堂々とした議論から逃げ、言葉遊びで憲法解釈を変えてしまったことが、残念でしかたがない。【了】

やまぐち・かずおみ/ジャーナリスト
1961年東京生まれ。ゴルフダイジェスト社を経て89年に大手新聞社の出版部門へ中途入社。週刊誌の記者として9.11テロを、編集長として3.11大震災を経験する。週刊誌記者歴3誌合計27年。この間、東京地検から呼び出しを食らったり、総理大臣秘書から訴えられたり、夕刊紙に叩かれたりと、波瀾万丈の日々を送る。テレビやラジオのコメンテーターも。2011年4月にヤクザな週刊誌屋稼業から足を洗い、カタギの会社員になるハズだったが……。

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