本に載らない現場のノウハウ-中小企業の人事制度の作り方:第17回 給与制度に関する話(3)

2013年10月16日 12:16

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 「給与制度」について、今回は年俸制と、全体的なまとめの話を取り上げてみます。

■経営者は導入したがることが多い年俸制だが・・・

 給与制度の検討をする中では、ほぼ確実に年俸制に関する議論が出てきます。“人件費を固定的なので、計画が立てやすい”、“毎月の給与計算がいらず、事務処理が省力化できる”などという捉え方で、特に経営者や役員クラスの方が導入にこだわるケースがあります。中には全社導入ということまでおっしゃる方もいます。

 もちろん挙げられた以外にもメリットと考えられる事柄はいろいろありますが、労働法規との関係や実際の会社としての裁量余地を考えたとき、年俸制には逆に多くのデメリットもはらんでいます。

 まず、良いか悪いかの議論は別にして、日本の法令では、管理監督者でなければ労働時間をベースにした給与支払いが基本になっています。年俸制であろうとなかろうと、労働時間数の把握とそれに応じた残業代の支払いは必要ということになります。

 また法律では残業単価の算定基礎から除外できる手当(家族手当、通勤手当、住宅手当など)が決められていますが、年俸制で月あたりの金額に内訳がなくなってしまうと除外できる手当もなくなり、残業単価は上がってしまいます。

 賞与などとして扱われていた部分も、あらかじめ年俸に組み込まれるので、評価も結果反映も一年単位になり、期中の業績に応じた調整はできません。特に直近の資金の状況に応じて賞与原資を見極めたケースが多い中小企業にとっては、なかなか難しい部分です。

 また賞与分まで組み込まれた年俸を、12分割の月割りで支払おうとすると月額としては上昇するので、前述の例と同じように残業代の問題が出てきます。

 こんな中で、「日本的年俸制」と言われる、賞与名目での支払いを想定した方法がとられていますが、これは賞与に該当する部分を評価で調整する運用方法であるなど、年単位で報酬が決められている訳ではないので、本来の年俸制とはいえません。金額の表現が年単位になっているだけで、実態はほとんど変わらないようなケースもあります。

 こうやって考えて行くと、一見良さそうに見える年俸制ですが、本当の意味での管理監督者でなければ不向きであり、一般社員まで対象に含めて適用することには、何かと無理な部分が出てきます。特に中小企業の場合は、その時々の業績や資金状況に応じた裁量余地が減ってしまう恐れがあります。

 もちろん、労働時間の期間変動が少ない、賞与が固定的に支払われている、またはそもそも賞与がないなど、年俸制に近い実態で導入しやすい企業もありますが、一方では無理して導入するほどのメリットがない企業もあります。いずれにしても、自社の実態に見合った導入を考えていく必要があるでしょう。

■最後に「配分」と「水準」の話

  給与について考えるとき、「水準」に関する観点と「配分」に関する観点という二つの観点があります。

 「水準」というのは、俗にいう給与水準、同業他社や世間一般との給与水準の相対比較の話で、要は給与原資の話になります。全社の業績そのものの話と言ってよく、業績によって「水準」は変わりますし、自分たちの力だけではコントロールできない部分もあります。

 これに対して「配分」というのは、給与原資という決められたパイの中で、部門成果、個人成果などを加味してそれをどのように分けるかという観点になります。給与制度などはまさにこの話で、自社の考え方に基づき、自社の都合で決めることになります。

 こんなところから、給与制度はあくまで「配分」に関する検討をすることだけに集中しがちになりますが、その結果として、実際に制度を運用する段階になって、実は決めた通りに運用できないと事態が出てくることがあります。

「メリハリをつけるという制度だが、配分する原資がない」
「賞与の最低保証を決めたが履行できない」
「給与原資の算出方法を決めたが、経営的に難しくなった」
など。

 中小企業の給与に関わる部分というのは、経営者の一存に任されていたり、ブラックボックス化したりしていることが意外に多く、このあたりを制度化しようという話は必ず出てくるものです。経営者との綱引きが繰り広げられるような場面も見てきましたが、給与制度という「配分」の観点だけで取り組むには、やはり無理があります。

 どうしても「水準」の話が関わってきますし、「水準」は自分たちの力だけではコントロールできない部分があるので、この部分に縛りを設けるには、相応の企業体力も必要です。中小企業ではなかなか難しいところがあるでしょう。

 制度上で縛りを設けていても、実際の運用が難しい場合は、その場面に応じて調整していくことになりますが、このあたりは初めからある程度の想定しておくこともできます。状況に応じた弾力性を持った基準の設定、妥当性のチェック機能などがあれば、ブラックボックス化のような問題は緩和することができます。

 給与制度の検討にあたっては、少なくとも「水準」と「配分」の二つの観点があることは意識しておくと良いでしょう。

 次回は、この連載もいよいよ最終回。中小企業の人事制度について、まとめのお話をさせて頂きたいと思います。

著者プロフィール

小笠原 隆夫

小笠原 隆夫(おがさわら・たかお) ユニティ・サポート代表

ユニティ・サポート 代表・人事コンサルタント・経営士
BIP株式会社 取締役

IT企業にて開発SE・リーダー職を務めた後、同社内で新卒及び中途の採用活動、数次にわたる人事制度構築と運用、各種社内研修の企画と実施、その他人事関連業務全般、人事マネージャー職に従事する。2度のM&Aを経験し、人事部門責任者として人事関連制度や組織関連の統合実務と折衝を担当。2007年2月に「ユニティ・サポート」を設立し、同代表。

以降、人事コンサルタントとして、中堅・中小企業(数十名~1000名規模程度まで)を中心に、豊富な人事実務経験、管理者経験を元に、組織特性を見据えた人事制度策定、採用活動支援、人材開発施策、人事戦略作りやCHO(最高人事責任者)業務の支援など、人事や組織の課題解決・改善に向けたコンサルティングを様々な企業に対して実施中。パートナー、サポーターとして、クライアントと協働することを信条とする。

会社URL http://www.unity-support.com/index.html

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