数十億年もの間、月に刻まれた地球酸素の痕跡 ハワイ大学の研究

2020年9月4日 07:14

 ヘマタイトFe2O3は、岩石系の惑星においてはごく一般的に存在する鉄の酸化物である。ヘマタイトを構成する鉄は、元々は鉄イオンFe3+が酸素と結びついたものだが、月に存在する鉄イオンはFe2+であり、鉄の酸化物としてはFeOしか存在しないはずである。実際にアポロが月から持ち帰った岩石には大量のFe2+が含まれていた。

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 月の表面には大気がなく、常に太陽風にさらされるため、それに由来する水素が表面から数十から数百ナノメートルの層に検出される。水素は反応性が高い元素でまわりにある物質を還元する作用が強い。つまり月面は地球のように大気による酸化が起こる環境にはなく、むしろ水素によって還元されやすい環境なのである。

 このような状況にもかかわらず、月面においても高緯度の領域ではヘマタイトが存在している。このことは実に奇妙で説明しがたい現実である。このようなことが起きるメカニズムの解明に挑んだハワイ大学の研究論文が、9月2日に米国サイエンスアドバンス誌で公表された。

 この論文によれば、月では過去数十億年もの間、太陽風だけでなく、地球風が降り注ぎ、それによって地球大気上層部に存在する酸素が月に供給された結果、月の高緯度領域においてヘマタイトを形成させてきたというのである。このアイデアは酸素が存在しない月面でいかにして酸素が供給され、ヘマタイトのような化合物を生成せしめたのかを説明できる画期的なものである。

 ところで地球風という耳慣れない言葉が突然出てきたので、解説をしておきたい。地球風とは地球の磁場によって生じているプラズマ流で、地球大気の上層部にある元素が含まれている。月が、このプラズマ流が生じている宇宙空間を通過する際に、地球風が吹き荒れることになる。ちなみに地球風はまだウィキペディアにも解説文が掲載されていない新しい用語である。

 ハワイ大学の研究者は、過去数十億年にわたる地球風の痕跡が、月面の高緯度領域に存在するクレーターに酸素同位体の形で記録されている可能性があると主張している。彼らがこのような結論に至るには、従来であれば月面に行き、なるべく多くの場所でサンプルを逐一収集しなければ、ヘマタイトの分布詳細は確かめることができなかった。

 だが研究者たちは、ヘマタイトが存在すると、0.85μm付近の波長での吸収が多く見られることを見出したため、月面をスキャンすることでヘマタイトの分布がかなり詳細に解明可能となった。そのため写真で示されるように、60度以上の高緯度領域でクレーター壁面にヘマタイトが多く存在することが判明したのである。(記事:cedar3・記事一覧を見る

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