江戸時代創業の日本橋の印鑑店に、印の「趣」を覚える
2020年1月29日 08:09
「はんこ文化終焉論」が指摘され始めている。確かに「口座開設には印鑑が不可欠」とされてきた銀行業界で見ても、こんな現実が始まっている。
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「新生銀行/イオン銀行では口座開設や口座振替手続きでサイン登録にも対応している」「三井住友銀行は電子署名を導入」「りそな銀行は静脈認証を導入」「三菱UFJ銀行は印鑑不要スマホ口座開始」等々を知ると、指摘に現実味を感じる。
また昨年5月31日に公布された、いわゆる「デジタル手続法」の今後の展開が「はんこ不要」の時代を築いていくという気にもさせられる。
そんな最中、国語の教員を2年間ほど勤めた後「物が書きたい」一心でライターに転じた若手女性記者から、「日本橋室町に創業300年近い印鑑屋の佐々木印店がある。盛っている」と聞いた。
創業は享保9年(1724年)だが、その歴史はさらに寛永20年(1643年)まで遡る。初代当主:佐々木伊賀が徳川家の細工所(江戸幕府の役所。鋳物・蒔絵等々を制作)に仕え、幕府御用達の印判師となったことに始まる。以来、代々の将軍・御三家・御三卿・諸大名の印章を作ってきた。その足跡は中央区の有形文化財「佐々木家文書」に記され、現存している。
ということは「江戸の華」とされる火事や、その後幾多の戦災も潜り抜けてきたわけだ。「江戸史」研究の貴重な資料になっている。
江戸幕府が倒れ日本の近代史が幕を開けた明治の世以降は佐々木印店も、法人や個人の印鑑も彫るようになった。そして現在では、衆議院事務局や老舗・大企業の業務印の作成も行っている。
2000年代に入り一つ一つの印鑑の手彫りをやめ、機械を導入している。現店主の上原恒明氏は「職人が少なくなり、やむをえない選択だった」とし、こうも語っているという。
「印鑑製作の機械には基準となるフォント(書体データ)が、もともと設定されている。しかしうちでは機械の字をそのまま彫るのではなく、職人が実際に彫った字を機械に覚えさせている。作業は機械化したが、昔と変わらない手作りの趣をこれからも残したい」。強いこだわりが感じられる。
一番人気は「水牛(半月形の大角を有する)」だというが、ほかにも「本拓(拓は印鑑用に使用されるまで5-30年かかる)」「黒水牛」「象牙」の計4種類を扱っている。「高価」のイメージは拭いきれない。
が、どうか。「はんこ時代終焉」が指摘される今だからこそ、我が身の「証し」として「本拓製印鑑」の一つも持っておくのも一興といえるのではないだろうか。(記事:千葉明・記事一覧を見る)