タクシー代金1万円出したら運転手キレた! (下) 「基準」がない社会の混迷
2019年5月4日 20:47
■釣銭ぐらい用意しておけよ!
今起こっている「タクシーの釣銭問題」では、タクシー会社が現場の運転手から「困りごと(問題点)」の聞き取りが出来ていないことがわかる。これも、トヨタの「カイゼン」運動がタクシー会社の中で出来ていないことになる。
【前回は】タクシー代金1万円出したら運転手キレた! (上) 悪いのは誰?
トヨタは常に「カイゼン」を進めており、問題点を認識出来ることが「仕事の能力」の基礎だ。タクシーの釣銭を常に用意することに問題意識を持っていないタクシー会社は、リピートのない「一見さん」商売と勘違いしているのだ。不動産業界と同じように、「客は必要があれば使ってくる」と思って、サービスに励んでいない証拠だ。
「お役所仕事」と言われる現象だ。競争のない「役所」は「住民サービス」をよく理解出来ていないのだ。どの業界でも「べき論」、つまり「どうあるべきか?」と基準を求めていないと、「ジャストインタイム」も「カイゼン」も進まない。商売であるのなら「釣銭の用意」は当たり前。出来なければ「去れ」と言いたいが、2度同じ客に出会うのはごく限られた場面だ。そこで「自分の都合」が出てしまい、「商売のプロ」になれないのだ。
■人間として運転手に配慮しろ!
人間同士なのだから、「タクシーに乗るときは小銭を用意する」配慮を見せるのは、客の立場からは必要なことだ。近年「あおり運転」などで、自分の都合ばかりを主張してくる「ヤカラ」がひどく増えた。「他人の立場を思いやる」能力に欠ける人が、目立っている。これは社会のモラルの低下をきたし、これからの日本社会における最大の問題だ。
しかし間違えてはいけない。「タクシーの釣銭問題」は、商売人としてタクシー側で解決するべきことだ。「べき論」を嫌う人は「モラルの低い人」であると断言出来る。なぜなら自分の立場から離れられなくて「他人に依存する」からだ。
これは大変危険な「社会問題」で、本来は、客観的な基準を設けて判断して言動することで出来上がっているのが「法治国家」であり、「民主主義の原則」だからだ。これが揺らぎ始めている兆候が「べき論」を嫌うことだ。「どうあるべきか?」と問いかけながら「国会論争」も進められる。「裁判」も進められる。「社会制度」も作られている。これを無視することは、最後は「戦争」に至ることとなるからだ。民主主義が確立出来ていない国は「内戦」となる。
今、「ブレクジット」でイギリス国内は混迷している。しかし民主主義の進んでいるイギリスでなければ、「内戦」になっている可能性が高い。日本であったなら、あの問題を社会が受け止められるのであろうか?
「タクシーの釣銭」をタクシー会社の側で解決出来ないのは、情けない。社内で「カイゼン」活動を起こさねばならない。「カイゼン」活動が広がり、アメリカをはじめ世界で「カイゼン」が専門用語になっているのだ。「日本社会全体でカイゼン活動」が出来る環境が欲しい。それには「ブランド志向」をやめなければならない。なぜなら「権威」を振りかざしては、何事も「カイゼン」出来ないからだ。(記事:kenzoogata・記事一覧を見る)