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トランプ、商人から外交官へ(1)【中国問題グローバル研究所】
*16:50JST トランプ、商人から外交官へ(1)【中国問題グローバル研究所】
【中国問題グローバル研究所】は、中国の国際関係や経済などの現状、今後の動向について研究するグローバルシンクタンク。筑波大学名誉教授の遠藤 誉所長を中心として、トランプ政権の ”Committee on the Present Danger: China” の創設メンバーであるアーサー・ウォルドロン教授、北京郵電大学の孫 啓明教授、アナリストのフレイザー・ハウイー氏などが研究員として在籍している。関係各国から研究員を募り、中国問題を調査分析してひとつのプラットフォームを形成。考察をオンライン上のホームページ「中国問題グローバル研究所」(※1)にて配信している。
◇以下、中国問題グローバル研究所のホームページでも配信しているアーサー・ウォルドロン教授の考察を3回に渡ってお届けする。
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現在、中国と世界の多くの国々との間で繰り広げられている関税戦争には、基本的に中国が自国の経済力を過大評価してきたという歴史がある。そして、この過大評価は続いている。中国政府にとっては青天の霹靂であるが、米国が中国の輸出品に関税を課し、実質的な被害をもたらしたことにより、客観的な状況が根本的に変化した。
ここで二つの問いが特に重要である。第一に、世界第二の経済大国とされてきた輝かしい中国経済に、新たな関税やその他の措置はどのような影響を与えたか。第二に、貿易規制の変更は、一見、無関係な分野にどのような波及効果をもたしたのか。
これは、2018年に、貿易の均衡を図るために、恒久的な解決策を見つける交渉が行われていたにもかかわらず、トランプ大統領が中国からの輸入品に対して大幅な関税の引き上げを行ったことから始まっている。
米中の専門家は、何か月にもわたり慎重な交渉を重ねてきた。2019年序盤、新経済協定草案の合意は間近であった。
しかし、この草案がほぼ即座に却下されたことから、中国指導部は、自国の交渉担当者が何を案じていたかを詳細に把握していなかったことが見てとれる。指導部は、最重要箇所をいとも簡単に塗りつぶしたため、合意内容は骨抜きとなった。彼らは議論内容を認識していなかったのだろうか。
その後、重要かつ拘束力のある条項を削除したものが米国に送られた。2019年5月10日、トランプ政権は骨抜きの協定は受け入れられないと判断し、米中貿易政策は空白状態に陥った。そして、中国にはさまざまなかなり厳しい関税が課されることとなる。この強硬姿勢は中国政府にとって、突然の出来事であった。それは40年以上にわたってアメリカが中国に対して決してとるはずのない態度だったからである。
トランプ政権以前のアメリカの三政権であれば、いずれも「本当に重要なのは善意だ。将来の関係を改善するために短期的にこれを受け入れよう」と言ったのではないかと想像できる。最低でも、今まで通りの反応を中国は確実に期待していた。なぜなら、1979年に中国との関係が樹立され、1970年代以降の事実上すべてのアメリカ政権は、そうした姿勢を示してきたからである。長期的な「関係構築」と中国の侵害行為の容認こそが、最終的には中国を世界システムに参加させる方法だと考えられていた。
しかし、ドナルド・トランプ氏の見方は違った。彼が専門知識を有する唯一の分野である不動産の厳しい世界では、ルールは「約束は守るべきである」の一言と言える。もちろん、長い交渉が失敗に終わることも多いが、その場合、真の権力者である不動産所有者は、初日から弁護士らと調整しながら、物事の経過を綿密に追う。
トランプ政権側は誠実に交渉してきた。米国の一流の専門家が、次々と作成される協定草案を吟味し、承諾した。それにもかかわらず、習近平国家主席が容易に終身支配者に成りあがったのと同様、両国の交渉担当者の努力はいとも簡単に破棄された。彼は単に中華人民共和国憲法の一部を消去し、新しい文言を加えただけだった。何か月にもおよぶ慎重な作業を簡単に却下したことは、アメリカと中国両国の交渉担当者に対する侮辱である。
最も重要なことは、トランプ氏が裏切られたと感じたことだ。ビジネスではよくあることだが、トランプ氏は習近平氏と個人的な関係を築こうとした。技術的な問題を克服するために、良好な人間関係がもたらす効力を大いに信じたのだ。その意味では、習主席は友人ではないことが判明した。米国の政治家を操ることに慣れていた中国は、これまでと同様、米国は譲歩するだろうと考えていた。
この思いこみはすでに揺らいでおり、すぐにでも崩れそうだということを中国は理解すべきだったのだ。米国の歴史に対する理解が薄いことに加え、複雑な意思決定プロセスを有する中国は、40年間常に好意的であった米国の態度が変わることを想像できなかった。しかし、米国が操作されている、または真剣に受け止められていない、危険にさらされているという意見に最終的に達した場合、それまでの政策を突如覆すというパターンが繰り返されることを、アメリカの歴史を知る者は認識している。
つまりトランプ氏は、不動産業界の人々のように行動した。彼は、対話をやめ、以前の交渉相手に経済的な制裁を課したのである。この予想外の強気な姿勢は打撃を与えた。今日の中国経済は、米国経済とは異なる形で困難に直面している。そこで、貿易は公正でなければならないという新しい合意が生まれた。これはおそらく、トランプ氏が中国の軍事情報機関ファーウェイ(言うまでもなく「民間企業」ではない。民間企業というものは中国には存在しない)に対してとった制限の緩和を無効にするという2019年7月16日の米議会投票で最も明確に示されただろう 。
トランプ氏にとってこれらの譲歩は「餌付け」であり、米国が合理的で、寛大でさえあることを中国に示すためのものだった。しかし議会の見解は違った。もしファーウェイが米国の技術を盗み、自分たちのインターネット・システムに盗聴器を仕掛けていたとすれば、それに対して与える打撃は最大とするべきだ。すなわち、容易には回避できない徹底的な制裁という意味である。これらに加え、調査により、ファーウェイが中国企業の少なくとも半数と同様に、事実上政府の一部であるというという繋がりが明らかになった。
こうした簡単な歴史的背景から、中国の経済成長の性質とその効果という点に目を向けてみる。
中国はパラドックスである。国土面積では世界第三の規模(ロシアとカナダに次ぐ)を有するが、経済政策としては輸出主導型の成長を採用してきた。これはシンガポールにも台湾にもあてはまる。世界市場は十分に規模が大きいため、これらの国で国民総生産に占める輸出の割合がかなり多くても(台湾の場合は70%、日本は約11%)、顕著な歪みが生じることはないからだ。この事実は現地市場の大きな不足を反映している。人口が多い国は、国内の購買力が高く、地産地消型の産業を発展させる傾向がある。そして生産性を理想的に向上させ、購買力をさらに高め、より国内に焦点を当てた投資を行う。そこで台湾の一人当たり国内総生産(名目:すなわち、無限に柔軟な購買力平価(PPP)ではなく、貨幣量や為替レートを用いて判断すること)が1970年初頭の900米ドルから現在の26,000米ドル近くにまで押し上げられたようなプラスのサイクルが生じる。
※1:中国問題グローバル研究所
https://grici.or.jp/
この評論は7月18日に執筆
(「トランプ、商人から外交官へ(2)【中国問題グローバル研究所】」へ続く)《SI》
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