理研、記憶形成のためにシナプス増強が必須ではないことを発見

2015年5月31日 22:50

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今回の研究で実施した実験の概要を示す図。小箱Bで怖い体験をした後に、タンパク質合成阻害剤をマウスに注射し、シナプス増強を阻害すると、翌日、同じ小箱Bにマウスを入れても(テスト1)すくみ反応を示さず、小箱Bの怖い体験の記憶を忘れていた。しかし、さらに次の日、小箱Bの怖い体験の記憶痕跡を光遺伝学的手法で人工的に活性化(赤い細胞)すると、マウスは怖い体験を思い出して、すくみ反応を示した。(理化学研究所の発表資料より)

今回の研究で実施した実験の概要を示す図。小箱Bで怖い体験をした後に、タンパク質合成阻害剤をマウスに注射し、シナプス増強を阻害すると、翌日、同じ小箱Bにマウスを入れても(テスト1)すくみ反応を示さず、小箱Bの怖い体験の記憶を忘れていた。しかし、さらに次の日、小箱Bの怖い体験の記憶痕跡を光遺伝学的手法で人工的に活性化(赤い細胞)すると、マウスは怖い体験を思い出して、すくみ反応を示した。(理化学研究所の発表資料より)[写真拡大]

  • マウスにタンパク質合成阻害剤を投与しシナプス増強を阻害しても、小箱Bでの嫌な記憶に対応した、海馬の記憶痕跡と扁桃体の記憶痕跡のつながりは強化される。(理化学研究所の発表資料より)

 理化学研究所の利根川進センター長らの研究チームは、従来記憶の保存に不可欠だと考えられていたシナプス増強がなくても、記憶が神経細胞群の回路に蓄えられていることを発見した。

 記憶が長期保存されるには、記憶痕跡細胞同士のつながりを強めるシナプス増強という過程が不可欠であるとされており、実際、シナプス増強に必要なタンパク質合成を阻害する薬剤を動物に投与すると、過去のことを思い出せない逆行性健忘という状態になることが分かっている。しかし、記憶の固定化プロセスの中で、記憶痕跡を形成する神経細胞群そのものにどのような変化が起きているのかは、明らかになっていなかった。

 今回の研究では、マウスを小箱Aに入れて慣れさせた後に、小箱Bに入れて弱い電気刺激を与えて小箱Bは怖いということを記憶させる実験を行った。通常、マウスにこのような体験をさせて、翌日同じ小箱Bに置くと、怖い体験の記憶を思い出してすくむが、タンパク質合成阻害剤を投与してシナプス増強が起こらないようにすると、翌日マウスを同じ小箱Bに入れてもすくまなかった。

 ところが、翌日、光の照射によって小箱Bでの怖い体験に対応する記憶痕跡細胞群を人工的に活性化すると、小箱Bでの記憶を喪失したはずのマウスは、怖い体験を思い出して小箱Aですくむ行動を示した。この結果は、神経細胞同士のつながりがシナプス増強のプロセスによって強化されなくても、怖い体験の記憶は記憶痕跡細胞群の中に直接、保存されていることを意味している。

 研究メンバーは、「シナプス増強というプロセスはおそらく、記憶が形成されるごく初期の段階には重要な役割を果たしているが、すでに保存された記憶を維持するための基本メカニズムではなさそうだ。しかし、自然な手がかりから効率よく記憶痕跡を活性化し、過去の体験を細部まで思い出すには、シナプス増強が不可欠なのかも知れない」とコメントしている。

 なお、この内容は「Science」に掲載された。論文タイトルは、「Engram Cells Retain Memory Under Retrograde Amnesia」。

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