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成功体験ゆえの「パワハラ」

2020-03-23 18:58:30

 森友学園に関連した、財務省の公文書改ざんに関与させられたことを苦に、自ら命を絶った官僚の遺族が、損害賠償を求める訴えを起こしました。事件の真相究明を求める気持ちも強いようです。
 残された手記には、文書改ざんには相当抵抗したものの、「パワハラで有名な上司」の指示には誰も背けないと書かれています。

 私は善意の関係者が真実を話しさえすれば、本当のことはすぐわかると思うのですが、誰一人としてそれができないほど、自分に降りかかる大きな不都合や恐怖があるのでしょうか。組織の在り方としては、異常としか言いようがありません。

 「パワハラ」は、軽微なものからひどいものまで、数多くがいろいろな会社で起こり、社会問題と言ってもよいと思いますが、私自身はあまりそういう行為を受けた経験がありません。
 その理由ははっきりとはわかりませんが、それほど威圧的な人が周りにいなかったことと、たぶん「こいつに圧力をかけても言うことを聞かない」とか、「逆に言い返してきて面倒くさい」とか、そんな風に見られていたのではないかと思っています。

 実際、上司から言いがかりのような一方的な注意をされて、それにはっきり反論したところ、それからは何となく気を遣われるようになりました。やはり上司部下であっても、良い関係を保つには言うべきことは言わなければならないと思います。もしもそれで対立してしまうのであれば、私はそんな会社は辞めればよいと思っていましたし、それくらいの割り切りは必要です。
 ただ、そんな単純なことではすまない事情を持つ人もいるので、「パワハラ」というのはなくならないのでしょう。

 そんな私も、独立してから一度だけ、明らかな恫喝を受けたことがあります。
 ある人からの紹介で、仕事の提案をしに行った時のことですが、相手の社長と一対一で話していると、先方が明らかに威圧的な態度を取り始め、乱暴な口調で恫喝を始めました。

 その内容は、「そんな金額が出せると思うのか」「仕事が欲しければ初めはタダでも良いくらいのつもりで来い」という感じでした。「何度も通って来るくらいの根性があれば使ってやっても良い」とも言っていました。
 その態度と言動には、あまりに呆れたのですが、そこで喧嘩をしても無駄なので、話を一度持ち帰るふりをして、その日のうちにメールで丁重にお断りしました。今思えば、これも一種の「パワハラ」になるのでしょう。

 この社長の様子を見ていて、あとから思ったことがありました。
 それは、こういう威圧や恫喝によって、相手が自分の言いなりになるということを、これまでの成功体験として持っているのではないかということでした。
 この提案の時は会うのが二回目でしたが、初回の時はちょっと上から物を言いたがることはあっても、そこまでの態度をとるイメージはありませんでした。
 ただ、二回目の提案は、お金がからむ話でもある訳ですが、そんな交渉的な要素がはいった途端に態度が変わりました。どうもこの社長は、発注先の業者にはみんなそういう態度を取るらしく、立場が弱い業者の中には、社長からの様々な要求に応じているところもあるようでした。
 そんな成功体験ゆえの「パワハラ」だったのです。

 「パワハラ」の中で最も多いのは、上司は指導や叱責と思っているが、部下はそう思わず不快に感じているという認識ギャップです。これは仕事上の日常的、一般的なやり取りの中で起こることで、当事者同士が意識すれば改善することができます。

 もう一つは、上下関係によるいじめや嫌がらせ自体が目的となっているものです。これは当事者だけで解決することは難しく、多くの場合で第三者の関与が必要です。

 さらにもう一つが、この「威圧や恫喝による成功体験に基づくパワハラ」です。強い態度に出ることで、相手が自分に従う、言いなりになるという経験が、パワハラ行為をエスカレートさせます。個人の資質もありますが、この場合は組織上の問題も大きく、官僚的な組織ほど起こりやすいでしょう。
 組織風土や仕組み、その他組織改革が必要になるでしょう。

 財務省での「パワハラ」が、いったいどれに当たるのかはわかりませんが、官僚組織という点からも、圧力で支配できるという成功体験に基づくパワハラの可能性は十分にあります。
 いずれにしても、真相究明と解決に向けた真摯な取り組みがされることを望みます。

※この記事は「会社と社員を円満につなげる人事の話」からの転載となります。元記事はこちら。

執筆:小笠原 隆夫(おがさわら・たかお) ユニティ・サポート代表

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