EYが自社専用の量子コンピュータを導入、Big4初のオンプレミス稼働へ

2026年8月3日 23:56

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記事提供元:Tech Times

大手会計事務所のアーンスト・アンド・ヤング(EY)は、カナダのトロントオフィスに自社専用の量子コンピュータを導入した。世界4大会計事務所・コンサルティングファーム(Big4)の中で、クラウド経由の利用からオンプレミスでのハードウェア所有へと踏み切った初の事例となる。規制産業におけるデータ主権の課題と、ハイブリッド量子計算における技術的制約を解決し、将来の顧客向けサービスに向けた社内検証を進める構えだ。

■クラウド型量子コンピューティングが抱えるデータ主権の課題

EYは、他の大手グローバルコンサルティングファームがこれまでホワイトボード上で描くにとどまっていた一線を越えた。同社は現在、自社ネットワーク内で物理的に量子コンピュータを稼働させている。EYカナダは7月29日、トロントオフィスに専用の量子ハードウェアを導入したと発表した。同社によれば、クラウドベースの量子システムを時間借りする段階から、マシンそのものを所有する段階へと移行したのは、ビッグ4の中で初となる。

このハードウェア導入は、AIおよび次世代テクノロジーに対する世界全体で30億ドル(約4,740億円、1ドル=158円換算)を超えるEYの投資コミットメントの一環である。この数字には、人工知能、量子コンピューティング、および関連する新興技術への投資が含まれる。しかし、量子ハードウェアに関する決定、特にクラウドアクセスを継続するのではなくオンプレミスでの導入を選択したことは、絶え間なく続く企業のAI投資発表とは一線を画す要素となっている。

その違いは、単なる速度や容量の問題ではなく、構造的なものである。その理由を理解するには、クラウドでの量子アクセスでは解決できない規制上の問題と、オンプレミスハードウェアだからこそ可能になるエンジニアリング・アーキテクチャの両方に目を向ける必要がある。

銀行、保険会社、政府機関、医療機関などの規制産業にとって、機密データが物理的にどこを移動するかという問題は選択の余地がない。カナダのプライバシー法、分野別の金融規制、および顧客との契約上の義務により、特定のデータは国境を越えてはならず、顧客が管理していないインフラに保存してはならないという要件が日常的に課されている。クラウドベースの量子アクセスは、大手プロバイダーが提供するものであっても、組織が所有していないネットワークインフラを経由し、管轄区域内にあるとは限らないデータセンターを通じて計算をルーティングすることになる。

EYが示した理由は、この点において明確である。自社で所有することで、カナダ国内で機密性の高いワークロードを処理できるようになり、クラウドベースの代替手段では必ずしも対応できない規制、プライバシー、業界の要件を顧客が満たすのを支援できる。金融サービス、エネルギー、政府機関など、同社の最大の規制対象セクターの顧客は、まさにこの制約に直面している。

この枠組みにおいて、オンプレミスの量子コンピュータはプレミアムな選択肢ではない。他の規制対象企業にサービスを提供する規制対象企業にとって、それはコンプライアンスのギャップを埋める唯一の選択肢となる可能性がある。

■オンプレミス導入が解決するエンジニアリング上の制約

データ主権に関する議論は、EYが公に前面に押し出しているものである。しかし、プレスリリースでは目立たないものの、オンプレミスの量子コンピュータが資本コストに見合うかどうかを評価する上で、同様に重要な2つ目の議論が存在する。

現在稼働しているすべてのエンタープライズ向け量子アプリケーションは、純粋な量子計算ではなくハイブリッドである。これは、より優れたハードウェアが登場するのを待つ一時的な制限ではなく、量子コンピューティングが実際にどのように機能するかという根本的なアーキテクチャ上の要件である。量子プロセッサ単体では、エンタープライズのワークロード全体を実行することはできない。古典プロセッサでは効率的に解決できない特定の計算サブ問題を処理し、その結果をより広範なワークロードに統合する古典システムに返す。古典システムが問題を準備し、量子プロセッサが量子回路を実行し、古典オプティマイザが出力を読み取って回路パラメータを更新する。多くの場合、収束するまでに何千回もの反復が行われる。

このフィードバックループは、最も実用的な量子アルゴリズム(VQE:変分量子固有値ソルバーとQAOA:量子近似最適化アルゴリズムが最も多く導入されている)の中心であり、レイテンシ(遅延)に敏感である。ループの各反復でレイテンシが追加される。古典的なHPCシステムとリモートでホストされている量子プロセッサの間のネットワーク遅延を伴うクラウド接続では、そのレイテンシは急速に蓄積される。量子プロセッサと古典的なコンピューティングが同じ施設内にあり、ほぼゼロのレイテンシで接続されているコロケーションハードウェアでは、フィードバックループは設計通りの速度で実行される。

ヒューレット・パッカード・エンタープライズ(HPE)とNVIDIAが、同じ施設内でQPUとGPUスーパーコンピュータを接続するコロケーションアーキテクチャを発表した理由や、IBMがQuantum Networkのパートナーシップを通じて同様のコロケーションの取り組みを進めてきた理由はここにある。オンプレミスの導入は、単なるコンプライアンスの問題ではない。本番環境のハイブリッドワークロードが要求する、古典と量子の緊密な結合を実現するためのものだ。

EYのオンサイトシステムは、金融ポートフォリオの最適化、高度な不正検出、データ保護、大規模なシステム計画など、両方の制約が適用される一連のエンタープライズワークロードに対して実行される。これらは、量子ハードウェアが近い将来に古典システムに対して真の優位性をもたらすと期待されており、かつ関与するデータが規制上最も機密性の高い問題カテゴリーである。

■自社をテストケースとする「Client Zero」アプローチ

今回の導入は、EYの「Client Zero(クライアント・ゼロ)」方法論に基づいて構成されている。これは、同社が顧客に展開する前に、社内で新しい機能を開発および検証するというものだ。その論理は単純である。EYが金融機関や政府機関に対し、量子を活用したワークロードの構築と運用方法についてアドバイスを行うのであれば、自らそのワークロードを実行した経験が必要になる。

EYカナダの最高技術責任者(CTO)であるビレン・アグニホトリ氏は、「私たちは、カナダおよび世界中のクライアントのために、量子コンピューティングに関する議論を概念から実用へと移行させている」と述べている。「グローバルおよびローカルの才能、エコシステムのコラボレーション、そして最先端の社内量子インフラを組み合わせることで、組織が量子のイノベーションを現実世界の機能へと変換するプロセスを加速させている」

EYのグローバル最高イノベーション責任者であるジョー・デパ氏は、投資の視野について率直な見方を示した。この動きは、量子が今日何を行えるかということよりも、技術が将来到達するレベルに向けて準備するための人材、スキル、セキュリティ機能を構築することに重点を置いているという。デパ氏がインタビューで語ったところによると、最も差し迫った優先事項は、EYの従業員と顧客が量子レディネス(量子技術への準備)を構築できるよう支援することであり、特に耐量子暗号と長期的なデータ保護に注力している。

この枠組みは、今回の導入を、顧客に即座に価値を提供する本番システムとしてではなく、レディネスを構築するためのインフラとして位置づけている。本質的に同社は、技術が成熟するまでの学習曲線に資金を投じていると言える。

■4大ファームの中で際立つハードウェア所有の意義

プロフェッショナルサービスファームは、エンタープライズ量子の分野において、主にアドバイザリーの段階にとどまっている。デロイト、KPMG、PwCはいずれも、量子戦略コンサルティングや量子レディネス評価を提供している。しかし、オンサイトでの量子ハードウェア導入を公表している企業はない。

金融機関の動きはより早かった。マッキンゼーの「2026 Quantum Technology Monitor」によると、JPモルガン・チェースは少なくとも2020年代半ばから量子科学者の社内チームを擁し、ポートフォリオの最適化や暗号化をターゲットとしたアルゴリズムを実行している。しかし、自ら技術を運用するのではなく、他の組織にアドバイスすることをビジネスとするプロフェッショナルサービスファームにとっては、ハードウェアを所有する緊急性は低かった。

EYの動きは、その計算を変えるものだ。量子コンピュータを所有し運用するコンサルティングファームは、規制対象セクターの顧客に対し、量子が理論的に何をすべきかだけでなく、EY自身の環境で、EY自身のデータを使用し、EY自身のコンプライアンス要件の下で「実際に何をしたか」を説得力を持って伝えることができる。

オンプレミスの量子市場は、このような導入に向けて構築されてきた。クラウドの話題が公の議論を支配する中でも、2025年の量子コンピューティング導入市場全体の収益の48.4%をオンプレミスシステムが占め、市場をリードした。機密性の高いワークロードを運用する企業や研究機関は、密かに所有ハードウェアを選択してきた。EYの発表は、プロフェッショナルサービスの規模でこのトレンドを可視化するものである。

より広い文脈として、マッキンゼーが「2026 Quantum Technology Monitor」で「商業的な転換点(ティッピングポイント)」と表現した状況がある。同レポートは、量子コンピューティングで最も速く進歩している企業は、技術的な実験と、明確な経済的仮説および定義された提供ロードマップを組み合わせていると指摘している。「Client Zero」方法論は、まさにその構造であり、社内の仮説から顧客への展開までの明確な道筋を示している。

■量子レディネスと「ey.ai」プラットフォームの統合

オンサイトのハードウェアは単独で稼働するわけではない。EYは、量子機能をAI主導の再構築エンジンである「ey.ai」と統合した。同社はこのプラットフォームを、企業がパイロット版を乗り越え、高度なテクノロジーを企業全体に展開できるように設計されたものだと説明している。EYの枠組みにおいて、量子レディネスはこのプラットフォームの軌跡の次の章となる。

この統合が重要である理由は、量子コンピューティングの近い将来における実用的な優位性が、ハイブリッド構成において最も顕著に現れるためだ。ハイブリッド構成では、古典的なAIや分析システムがすでに実行しているワークロード内で、量子プロセッサが特定の数学的演算を高速化する。機械学習モデルで不正検出を実行している金融機関にとって、特定の最適化サブ問題のために量子レイヤーを追加することは、純粋な量子パイプラインをゼロから構築するよりも扱いやすい導入シナリオである。

EYは、まさにそのアーキテクチャを顧客に提供するためのインフラを構築しており、まずは自社の業務で実験を行うという利点を持っている。

■ベンダーやスペックは非公開

EYのプレスリリースでは、ハードウェアのベンダー名、量子ビット数、導入される量子ビットのアーキテクチャは明らかにされていない。この導入を報じた独立系の専門メディアであるQuantum News Nexusも、ベンダーが非公開であるという同じ空白を指摘している。

この省略は、発表の技術的な実質を評価する読者にとって重要である。量子システムのパフォーマンスプロファイルは、アーキテクチャによって大きく異なる。IBM、Google、IQMなどが使用する超伝導量子ビットは、ゲート速度は速いものの、回路を星間空間よりも冷たい約15ミリケルビン(マイナス約273度)まで冷却する希釈冷凍機を必要とし、特殊な施設インフラが求められる。イオントラップ型システムは、より高い忠実度を提供するが、ゲート速度は遅く、物理的な設置面積は小さい。中性原子システムは、WAIC 2026で中国のスタートアップが実演したように、サーバーラックと互換性のあるアーキテクチャとして台頭しつつある。

EYがどのアーキテクチャを選択したかによって、システムが実際に何を実行できるか、どれだけの施設インフラが必要か、そして現実的なアップグレードパスがどのようなものになるかが決まる。その情報は未公開のままである。

明らかなのは、EYが少なくとも2023年からIBM Quantum Networkのメンバーであり、今回の発表以前にもIBMと量子プロジェクトで協力してきたということだ。オンサイトのハードウェアがIBMのものなのか、それとも別のベンダーのものなのかは、いかなる公開情報源によっても確認されていない。

■注目ポイントQ&A

●なぜ銀行や保険会社はクラウドベースの量子コンピューティングを利用できないのですか?

法的および技術的な2つの理由があります。法的な理由はデータ主権です。規制産業では、機密性の高い顧客データが特定の管轄区域から出ることや、自社で管理していないインフラを通過することを禁じる要件に直面することがよくあります。クラウド量子プロバイダーは自社のデータセンターを経由して計算をルーティングするため、これらの要件を満たせない場合があります。技術的な理由はレイテンシ(遅延)です。実用的な量子コンピューティングには、量子プロセッサと古典コンピュータ間の継続的なフィードバックループが必要であり、ネットワーク経由で通信するよりも、両方のシステムが同じ施設内にコロケーション(併設)されている方が、このループは高速に実行されます。

●EYの量子コンピュータは、すでに顧客に測定可能な結果をもたらしていますか?

顧客向けの本番ワークロードとして展開されているという意味では、まだ結果をもたらしていません。最高イノベーション責任者のジョー・デパ氏が述べているように、EY自身の位置づけとしては、この投資は主にレディネス(技術がさらに成熟したときに必要となる人材、ツール、セキュリティインフラ)を構築するためのものです。「Client Zero」方法論により、EYは量子を活用したサービスを顧客に展開する前に、まず自社の業務で最初の実験を行います。EYの成長・イノベーション担当グローバルマネージングパートナーであるラジ・シャルマ氏は、この技術の真の可能性が発揮されるのはおそらくまだ5年先であり、今回は意図的な早期のインフラ投資であると指摘しています。

●ハイブリッド量子・古典コンピューティングとは何ですか?なぜ企業は実際にそれを導入しているのですか?

量子プロセッサ単体では、エンタープライズのワークロード全体を実行することはできません。実際には、古典コンピュータ(CPUまたはGPU)がワークロード全体を処理し、ポートフォリオ最適化の変数や不正検出のパラメータなど、量子プロセッサが解決すべき特定のサブ問題を準備します。量子プロセッサは回路を実行して確率分布を返し、古典オプティマイザがその結果を使用して次の反復のために回路を更新します。VQEやQAOAと呼ばれるアルゴリズムを実行するこのループが、現在実用化されているすべてのエンタープライズ向け量子アプリケーションの動作原理です。量子プロセッサはハイブリッドシステム内の専門的なアクセラレータであり、古典コンピューティングの代替ではありません。

●EYのシステムが現在できることの限界は何ですか?

具体的なハードウェアベンダー、量子ビット数、量子ビットのアーキテクチャが公開されていないため、公開情報から正確な機能を評価することは不可能です。分かっているのは、現在のエンタープライズ向け量子システムはNISQ(ノイズあり中規模量子)時代にあり、特定の問題クラスでハイブリッドアルゴリズムの優位性を実証できるほど強力ではあるものの、保証された精度で任意の大規模量子アルゴリズムを実行できるほどのフォールトトレラント(障害耐性)は備えていないということです。EYのユースケース(最適化、不正検出、データ保護、リスクシミュレーション)は、NISQ時代のハードウェアに最も適した問題カテゴリーの一部ですが、それぞれの特定のワークロードにおける古典システムに対するパフォーマンスの優位性は、EYが内部テストの結果を公表して初めて測定可能になります。

元記事: EY Installs Quantum Computer In-House: Big Four Race for Data Sovereignty

※この記事はTech Timesから提供を受けた記事を日本向けに翻訳・編集したものです。

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