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IBMの量子計算は「富岳」を超えたのか、量子優位性の検証結果と実用化への課題を読み解く

(Ibm.com)[写真拡大]
IBMとイスラエルに拠点を置くQedma Quantum Computingは2026年7月30日、スーパーコンピュータ「富岳」で実行した手法を含む古典的シミュレーションでは再現できない領域の物理現象を、クラウド経由で利用できる量子コンピュータによってモデル化したと発表した。結果は異なる方式の量子ハードウェアでも独立に検証され、両者から同じ物理現象が得られた。量子優位性を示す重要な成果だが、対象は特定の物理問題と計算条件に限られ、量子コンピュータが古典コンピュータ全般を上回ったことを意味するものではない。
■量子優位性の意味と、今回の実証が異なる理由
何カ月もの間、「量子優位性(Quantum Advantage)」という言葉は、TechTimesの記事に目標として登場してきた。IBMが目指し、D-Waveが達成を主張したものの後にノートPC上の古典計算に追いつかれ、業界全体がロードマップやスケジュール、慎重に表現されたプレスリリースとともに追求してきた目標である。しかし2026年7月30日、この言葉は目標ではなく、達成された成果として語られるようになった。
IBMとQedma Quantum Computingは、商用提供されているクラウド上のハードウェアとソフトウェアを利用したエラー緩和量子計算によって、量子材料の物理現象をモデル化した。対象となったのは、「富岳」で実行された手法を含め、今回投入されたすべての古典的シミュレーション手法が限界に達した計算領域である。この結果は、Quantinuumのイオントラップ型ハードウェアという、全く異なる量子アーキテクチャでも独立に検証された。両方のプラットフォームから同じ物理現象が得られたのである。
重要なのは、その一致である。単なる主張ではなく、異なる方式の量子コンピュータによる結果の一致なのだ。
量子優位性とは、同程度の計算資源を用いた古典コンピュータでは再現できない結果を、量子コンピュータが生成できる段階を指す。この概念は長年にわたって議論の対象となってきた。Googleが2019年に発表したSycamoreの結果には数日後にIBMが異議を唱え、D-Waveが2025年にScience誌で発表した成果も、1年足らずのうちにノートPC上で動作する古典アルゴリズムによって再現された。これまでの量子優位性の主張には何らかの留保が付き、研究コミュニティはそのたびに主張を覆す方法を探してきた。
今回のIBMとQedmaの成果は、そうした反証の試みに耐えられるよう設計されている。チームは量子優位性を先に主張して古典計算の研究者に反証を委ねるのではなく、まず古典的な手法でも検証可能な領域で量子計算の結果を確認し、エラー緩和後の出力が正確であることを確かめた。そのうえで、同じ方法をより大きなシステムと、より長い時間発展へ拡張した。その領域では、複数の古典的手法による結果が徐々に一致しなくなった。
量子計算が古典コンピュータでは再現できない領域へ到達した時点で、その結果は検証済みの計算領域と連続した基準に基づいていた。チームはさらに、すべての量子回路と結果をオープンリポジトリ「Quantum Advantage Tracker」に公開し、古典計算の研究チームが結果の再現や反証を試みられるようにした。
IBM ResearchのディレクターでIBMフェローでもあるJay Gambetta氏は、次のように述べている。「IBMの量子コンピュータは、広範なテストによって解の信頼性を確保すると同時に、最良の古典的シミュレーション手法を上回る解を初めて生成できる成熟度に達した」
■「富岳」でも再現できなかった物理現象
今回の研究の中心となった具体的な問題は、2次元フロケ・イジングモデルである。フロケ系とは、周期的な外部パルスによって駆動される量子系を指す。量子磁石に一定のリズムで繰り返し刺激を与え、それに応じて磁気的性質がどのように変化するかを観察するようなものだ。
物理学者は長年、こうした系で見られる微妙な振動が、システムを大きくしても持続するのか、それとも規模を拡大すると消える有限サイズ効果なのかを調べようとしてきた。この問いに計算で答えるには、古典的シミュレーション手法の処理能力を超える時間スケールとシステムサイズで、量子ダイナミクスを追跡する必要がある。
研究チームは、IBMのクラウド経由で利用可能なHeronプロセッサと、QedmaのQESEMソフトウェアを組み合わせた。Heronは133量子ビットの超伝導量子プロセッサである。この構成により、最大74量子ビットのシステムで、複雑かつ長時間持続する量子ダイナミクスを観測した。研究対象となったフロケサイクルとシステム規模では、量子計算の結果は内部的な一貫性を保ち、長時間にわたる明瞭な振動を示した。一方、古典的手法は同じ領域で一貫した結果を維持できなかった。
量子計算の結果を比較検証するため、チームは日本の国立研究開発法人である理化学研究所(RIKEN)およびBlueQubitと協力し、「富岳」上で複数の最先端の古典的シミュレーション手法を実行した。
用いられた手法には、「富岳」の1万2888ノードで実行した疎なパウリ経路シミュレーション、並列計算資源を段階的に増やす状態ベクトルシミュレーション、NVIDIA H100 GPU上で実行した確率伝搬法付き射影エンタングルペア状態シミュレーション(PEPS-BP)が含まれる。それぞれの手法は初期のフロケサイクルでは量子計算の結果と一致し、量子計算の精度を確認する基準となった。しかし、システムの複雑さが増すにつれて、各手法の結果は量子計算の結果から乖離していった。
理化学研究所の部門長であるMitsuhisa Sato博士は、次のように述べている。「この研究では、高度な古典的シミュレーションとスーパーコンピューティングにおける理化学研究所の強みと、IBMの量子コンピュータ上で動作するQedmaのエラー緩和ソフトウェアを組み合わせ、量子コンピューティングが主要な古典的手法の能力を上回り得ることを実証した。量子計算と古典計算が連携して科学を進歩させる未来に向けた重要な一歩である」
■量子ビット数よりもソフトウェアが成果を左右した
今回の成果で最も重要なのは、IBMのハードウェアが74量子ビットに到達したことではない。今回実際に利用したシステムの規模が最大74量子ビットだったということであり、さらに多くの量子ビットを備えた量子コンピュータはすでに存在する。
重要なのは、QedmaのQESEMソフトウェアが、133量子ビットのチップから、この問題において同等のソフトウェアを備えていない、より量子ビット数の多いマシンでも匹敵できない結果を引き出したことだ。QESEMは「Quantum Error Suppression and Error Mitigation」の略で、量子エラーの抑制と緩和を行うソフトウェアである。
QESEMは2段階でノイズに対処する。第一に、パルスレベルの制御とデバイス特性の評価を通じ、特定の種類のエラーが計算へ影響する前に抑制する。第二に、制御された条件下で複数の回路パターンを実行し、それらの集合から理想的な期待値を推定することで、残ったノイズを統計的に緩和する。
今回使用された「不偏」な緩和手法には、サンプル数を増やすにつれて、出力が真のノイズのない結果へ収束するという数学的保証がある。この保証によって、古典計算による直接的な検証ができなくなった領域でも、チームは量子計算の結果を信頼できるとしている。
QESEMは研究段階だけのソフトウェアではない。現在、IBM Quantum PlatformのQiskit Functions Catalogで提供されており、クラウドアクセスの条件を満たす研究者や企業が利用できる。QESEMはIBMの超伝導量子システムだけでなく、Quantinuumのイオントラップ型ハードウェアにも統合されている。量子ソフトウェアスタックが、特定のハードウェア方式に依存しない方向へ成熟しつつあることを示す動きである。
この点は、フロケ・イジングモデルの実証だけにとどまらない意味を持つ。量子コンピューティングにおける競争上の焦点が、単純に「誰が最も多くの量子ビットを持っているか」ではなくなりつつあるためだ。
差別化要因となるのはソフトウェア層であり、特に、現在の誤り耐性を備えていない量子ハードウェアが必然的に生じさせるノイズから、どのエラー緩和手法が正確な結果を抽出できるかである。適切なソフトウェアを選択した研究チームや企業は、量子ビット数がより多くてもエラー緩和性能が劣るシステムより、133量子ビットのクラウドマシンから実用的な計算結果を引き出せる可能性がある。
QedmaのCEO兼共同創業者であるAsif Sinay博士は、次のように述べている。「何十年もの間、量子コンピューティングは、古典コンピュータの能力を超えた発見をもたらすと期待されてきた。今日、私たちはその期待が現実になり始める様子を目にしている」
Qedmaは2025年7月、シリーズAラウンドで2600万ドル(約41億8600万円、1ドル=161円換算)を調達した。IBMも投資家に含まれている。
■クロスプラットフォーム検証が結果の信頼性を高める理由
IBMとQedmaのチームが、過去の量子優位性の実証に加えた最も重要な要素は、異なるプラットフォームによる検証である。Quantinuumのイオントラップ型ハードウェア上で同じフロケ・イジングダイナミクスを実行し、同じ振動を観測したことは、副次的な成果ではない。
この検証によって、「ある量子コンピュータがこの出力を生成した」という段階から、「この出力が実際の物理現象を反映している」という段階へ、結果の信頼性が引き上げられた。
イオントラップ型と超伝導量子ビット型のシステムでは、物理的な動作原理、デコヒーレンスの原因、量子ゲートの実装方法、ノイズの特性がそれぞれ異なる。仮にIBMのハードウェアに由来する系統的な誤差が、見せかけの振動を生じさせていたのであれば、全く異なる物理原理で動作するQuantinuumのシステムで同じ現象が現れる可能性は低い。
両方のプラットフォームが同じダイナミクスを示したことは、観測された現象が特定のデバイスに固有のものではなく、実際の物理現象を反映していることを示す強い証拠となる。単独の証言に、独立した裏付けが加わったようなものだ。
■現実の材料科学へどのようにつながるのか
フロケ・イジングモデルは、現実と無関係な単なる理論上の問題ではない。周期的に駆動される量子系を扱うフロケダイナミクスは、超高速オプトエレクトロニクスや光誘起超伝導体などの先端材料に関係している。こうした材料では、光パルスによって、平衡状態では存在しない特殊な量子相が生じる。
これらの非平衡相を計算によって予測し、理解することは、必要なシステム規模では古典的シミュレーションの能力を超えていた。IBMとQedmaの実証は、エラー緩和を利用する現在の量子ハードウェアが、古典的手法では同等の精度を維持できない領域のダイナミクスを調べられる可能性を示した。
当面の用途は基礎研究である。具体的には、周期的な外部刺激によって生じる量子相のうち、システムを大きくしても持続するものはどれか、有限サイズ効果にすぎないものはどれか、また、それらがどのような材料特性を意味するのかを理解することだ。
さらに長期的には、次世代のエレクトロニクスやフォトニクスに向けた新材料の計算主導型設計につながる可能性がある。候補となるすべての材料を実際に合成して特性を試すのではなく、計算によって有望な材料を絞り込む設計手法である。
■量子優位性をめぐる重要な一日
2026年7月30日には、さらに2件の量子優位性に関する実証結果が同時に発表された。
IBMとシカゴ大学は、論理回路を使用した別の量子優位性の実証を発表した。ここでいう論理回路とは、符号化された量子回路であり、主要な古典的シミュレーションでは到達できない計算を実行することが検証されたという。論理量子コンピューティングの実証としても、これまでで最大規模のものの一つとされる。
また、IBMと、フィンランドで創業しミラノを拠点に事業を展開する量子ソフトウェア企業Algorithmiqは、不均一な量子物質のシミュレーションで量子優位性を示す結果を発表した。このシミュレーションはQuantum Advantage Trackerで8カ月にわたって公開されているが、問題領域の全体にわたり結果を再現できた古典的手法はまだ現れていない。
3件の成果に関する量子回路と結果は、すべてQuantum Advantage Trackerへ提出された。これは、単に量子優位性を主張するのではなく、研究コミュニティが継続的かつ公開の場で検証し、異議を申し立てられるようにするというIBMの新たな方針を示している。
■まだできないことと、実用化までに残る課題
物理シミュレーションでエラー緩和による量子優位性を示したからといって、それが直ちに製品になるわけではなく、量子コンピュータが古典コンピュータ全般を置き換えるわけでもない。
今回の成果は、およそ50~74量子ビットの2次元フロケ・イジングモデルにおけるプレサーマルダイナミクスという特定の領域での実証である。この条件では、ハードウェアの精度とQESEMによるエラー緩和の組み合わせによって、現在の古典アルゴリズムでは信頼できる形で再現できない結果が得られた。
このアプローチには、よく知られた根本的な制約がある。エラー緩和では、回路が深くなるにつれて、必要なサンプリング量が指数関数的に増加する。このためQESEMや同様の手法は、回路の深さが浅い、または中程度の特定領域では量子優位性を実現できても、制限なく規模を拡大できるわけではない。
より幅広い問題へ適用するには、統計的な後処理に頼らず、ハードウェアレベルでエラーを自動訂正するフォールトトレラント量子コンピューティングが長期的に必要となる。IBMのStarlingシステムは、2029年までに200個の誤り訂正された論理量子ビットを実現することを目標としている。より深く、汎用性の高い量子アルゴリズムは、最終的にそのようなアーキテクチャ上で実行されることになる。
IBMは量子コンピューティング関連の取り組みに100億ドル(約1兆6100億円、1ドル=161円換算)以上を投じ、2026年を初期の量子優位性を実証する目標年としてきた。同じ日に発表された3件の成果が、単なる達成の宣言ではなく、研究コミュニティによる継続的な検証の対象として公開されたことは、IBMが目標期限を守るだけでなく、信頼できる量子優位性の検証方法を確立しようとしていることを示唆する。
量子時代はまだ到来していない。しかし2026年7月30日、研究者がクラウド経由で利用できるハードウェアとソフトウェアを使い、明確かつ独立に検証された量子時代の片鱗が、初めて具体的な形を取った。
■注目ポイントQ&A
●量子優位性とは何ですか?今回のIBMとQedmaの結果が該当するのはなぜですか?
量子優位性とは、同程度の計算資源を用いる古典的な手法では再現できない結果を、量子コンピュータが生成できる段階を指します。今回の結果では、「富岳」の1万2888ノードで実行した疎なパウリ経路シミュレーションや、NVIDIA H100 GPU上のPEPS-BPを含む複数の最先端の古典的シミュレーション手法が、量子計算の結果が一貫性と物理的な意味を保った領域で、精度を維持できませんでした。
さらに、全く異なる量子アーキテクチャであるQuantinuumのイオントラップ型ハードウェアでも、同じ振動ダイナミクスが独立に確認されました。すべての量子回路とデータはQuantum Advantage Trackerで公開されており、古典計算の研究チームが再現や反証を試みられるようになっています。
●QESEMソフトウェアは今すぐ使えますか?費用はいくらですか?
QESEMは現在、IBM Quantum PlatformのQiskit Functions Catalogで提供されており、IBM Quantum Networkのアカウントを持つ研究者や企業がクラウド経由で利用できます。Qedmaによると、企業、大学などの学術機関、研究所で利用されています。
IBMはジョブ単位またはサブスクリプション単位の料金を公表していません。利用条件は、IBM Quantumの商用および研究向けアカウントの区分によって異なります。IBMのHeronプロセッサも、同じプラットフォームからクラウド経由で利用できます。
●量子コンピュータが一般にスーパーコンピュータより優れているということですか?
いいえ。IBMとQedmaの成果は、およそ50~74量子ビットの2次元フロケ・イジングモデルにおけるプレサーマルダイナミクスという、特定の領域で量子優位性を示したものです。対象となる回路の深さも、QESEMによるエラー緩和を現実的に適用できる範囲に限られます。
圧倒的多数の計算処理では、「富岳」のような古典的スーパーコンピュータの方がはるかに強力です。今回の成果は、この特定の物理シミュレーションにおいて、量子ハードウェアが古典コンピュータでは完全には再現できない領域に入ったことを示したものであり、量子コンピュータが古典コンピュータ全般を上回ったという意味ではありません。
この手法を、より深い回路や複雑な問題へ拡張するには、フォールトトレラント量子ハードウェアが必要です。IBMは2029年のStarlingシステムで、その実現を目指しています。
●超高速オプトエレクトロニクスや光誘起超伝導体とは何ですか?なぜ重要なのですか?
超高速オプトエレクトロニクスとは、フェムト秒、すなわち1000兆分の1秒という時間スケールで、光と電気を操作する材料やデバイスを指します。次世代のフォトニックチップ、光通信、光を利用した計算などに関係します。
光誘起超伝導体とは、特定のレーザーパルスを照射することで、電気抵抗がゼロになる超伝導状態へ移行し得る材料です。従来の超伝導体で必要とされる温度よりも高い温度で、この状態を生じさせられる可能性があります。
どちらも、フロケ・イジングモデルが表現するような、外部から周期的に駆動された非平衡量子ダイナミクスと関係しています。IBMとQedmaの実証は、古典的シミュレーションでは到達できない規模で、こうしたダイナミクスを計算によって調べられる可能性を示し、シミュレーション主導の材料設計への道を開くものです。
元記事: IBM Quantum Advantage Arrives: Cloud Beats Fugaku on Physics No Supercomputer Could Solve
※この記事はTech Timesから提供を受けた記事を日本向けに翻訳・編集したものです。
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