その性能はシリコンの10倍以上! 動き始めた「GaNパワー半導体」の未来
2023年4月9日 12:01
今や、我々の生活には欠かせないものとなった「半導体」。車や家電、スマートフォンにいたるまで、コンピュータや電波を使うものはすべて半導体に依存している。また、あらゆる産業に半導体は大きな影響を与えている。たとえ直接的には関係のない産業であっても、間接的に半導体の影響を受けているのだ。
米国半導体工業会(SIA)が3月3日に発表した半導体市場の月間売上高を見ると、2023年1月の半導体市場(3か月移動平均)が前月比5.2%減で、前年同月比18.5%減と大きく減退しているものの、これは一時的な景気後退の影響などで半導体価格が下落していることによるもので、長期的な見通しは依然として明るいと思われる。SIAだけでなく、ドイツ電気・電子工業連盟(ZVEI)も2月28日に半導体市場の見通しや欧州半導体法案に対する意見を発表しているが、こちらも2030年の世界の半導体市場は2021年(5,560億ドル)の1.8倍の1兆ドルまで拡大すると予測。とくに、自動車・電動車向けの半導体需要が2021年比で約2.5倍に急伸すると見込んでいる。
そこで注目されているのが「パワー半導体」だ。一般的に半導体というとIC(集積回路)を思い浮かべる人は多いと思うが、パワー半導体はそれとは異なり、電源のスイッチのように、大きな電流をオンオフすることで電力を制御する半導体デバイスのことを言う。交流と直流の電力変換や電圧の昇降が必要となる場面では欠かせないもので、電気自動車(EV)やデータセンター、再生可能エネルギーの普及などによって需要が拡大しており、パワー半導体メーカーはこぞって設備投資を行い、開発を急いでいるのが現状だ。
パワー半導体の材料には現在、Si(シリコン)が主に使われているが、今後は次第に、SiC(炭化ケイ素)やGaN(窒化ガリウム)といった半導体の活躍の場が広がっていくとみられている。とくにGaNは、シリコンに比べて格段に原子同士の結合が強いため、電流をたくさん流したり、あるいは高い周波数の電気信号を取り扱うことができる特性を持っている。Siと同じ構造の物を作れば、その性能はなんと10倍以上に跳ね上がる。例えば、Siだと1000ボルトの電圧しか耐えられないものでも、GaNを用いることで、同様の厚さで1万ボルトまで耐えられるものが出来上がる。逆に、同じ耐圧で良ければ、10分の1程度の極薄で実現できるのだ。また、熱の発生もおさえられるため、電力の損失も少なく、省エネにも貢献する。GaNをパワー半導体の原料に使うことで、電力損失を大幅に減らしたり、今以上の大容量の無線通信が可能になったりと、大きく社会を変える力になることが期待されているのだ。しかも、SiCと比べてもさらに安定した結合構造を持ち、より絶縁破壊強度が高いことから、スイッチング電源などの小型、高周波用途での期待も高まっている。
しかし、パワー半導体の場合は、結晶を作った後にも様々な加工プロセスがあるため、技術開発が大変だ。品質の維持や、ウェーハ基板のコスト問題などに加え、性能を最大限に引き出すための制御ICの高速化も課題となる。また、多くの製品に使用されるためには、大量生産の技術を確立する必要もある。これらの課題が今、ようやく解決されたことで、GaNを用いたパワー半導体を社会実装する準備が整ってきたところだ。
日本では、電子部品メーカーのロームが、GaNデバイスの量産体制を確立するとともに、同社がこれまでに電源ICで培った超高速パルス制御技術「Nano Pulse ControlTM」を進化させて、制御パルス幅を大幅に向上することに成功している。同技術を制御ICに搭載することで、GaNデバイスに最適な超高速駆動制御IC技術の確立に成功し、業界でも一気に注目を集めているのだ。同社では現在、同技術を用いた制御ICの製品化を進めており、2023年後半には100V入力1ch DC-DCコントローラのサンプル出荷を開始する予定だ。これが今、世界中で注目されているGaNデバイスの普及に向けた大きな一歩となるのは間違いないだろう。また大阪大学大学院工学研究科の森教授によると、「信頼性を高めたGaNデバイスの量産体制を整え、その性能を最大限発揮する為の制御IC開発を進めているロームと共に脱炭素社会の実現に向けて貢献したい」と語っている。同社には、今後さらに過熱するであろうGaNデバイス開発競争の先頭を走り続けてくれることを期待したい。(編集担当:藤原伊織)