魚油などに含まれるEPAが神経性疼痛を改善 メカニズムを解明 岡山大ら
2022年7月30日 17:29
魚油や亜麻仁油に含まれるエイコサペンタエン酸(以下EPA)は、神経性疼痛を抑える働きを持つが、そのメカニズムは不明だった。岡山大学らの研究グループは、痛みの発生に関係する神経細胞からの伝達物質の放出をEPAが抑制し、結果として痛みを抑えることを明らかにした。この研究結果により、EPAによる副作用の少ない神経性疼痛治療薬や予防薬の開発に繋がっていくことが期待される。
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今回の研究は、岡山大学の宮地孝明研究教授、加藤百合特任助教(現:九州大学助教)、原田結加特任助教、東京農業大学の岩槻健教授らのグループにより行われ、その詳細は、19日に「Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America」に掲載された。
EPAは、魚油や亜麻仁油に含まれている、オメガ3多価不飽和脂肪酸の一種である。すでにコレステロール値を下げたり血液をサラサラにする医薬品やサプリメントとして利用されている。だがこれまでの研究により、EPAのさまざまな効果がさらに明らかにされてきており、神経障害性疼痛を含む慢性疼痛への効果も報告されていた。
一方これまで明らかになっている疼痛治療のメカニズムでは、EPAの神経性疼痛に対する効果を説明することが難しかった。
EPAはこれまでに、痛みを引き起こす物質が作られる流れの中のCOXという物質を阻害することで、痛みや炎症を抑えることがわかっていた。実はこのCOXを阻害することで痛みを抑える医薬品は、他にも現在消炎鎮痛剤としてロキソニンやセレコックスという医薬品が広く使用されている。
だがこれらCOX-2阻害剤は、炎症性などの通常の疼痛には効果が高いのだが、神経性疼痛への効果は残念ながらイマイチなのだ。そのためEPAが神経性疼痛に効くメカニズムは、COX阻害とは異なることが想像できたが謎のままだった。
今回研究グループは、この疼痛抑制のメカニズムに、神経細胞からの伝達物質の放出が関係しているのではないかと考えた。
神経細胞は電気信号で情報を伝えていくが、細胞の端では情報伝達物質という化学物質を放出して下流へ情報を伝える。この伝達異常が、疼痛やうつなどの原因の1つと考えられている。この物質放出に重要な働きをしているのが、VNUT(小胞型ヌクレオチドトランスポーター)だ。
研究グループはこのトランスポータータンパク質を精製し、人工膜に組み込み、VNUTの働きにEPAがどのような作用を与えるかを調べた。その結果、EPAがVNUTの物質輸送の働きを阻害することが判明。さらに神経性疼痛に関係する神経細胞を用いた実験でも、EPAはVNUTに関連したATP輸送を阻害することを明らかにした。
さらにVNUTを持たないマウスと通常のマウスに、人工的に神経性疼痛を起こし、その痛みへのEPAの作用を調べた。この人工的な神経性疼痛は、抗がん剤であるパクリタキセルの副作用として生じたものだ。
するとまず、VNUTを持たないマウスでは、パクリタキセルによる神経性疼痛が軽くなり、また痛みが生じる時期も遅くなることがわかった。さらにVNUTを持たないマウスでは、EPAが疼痛治療効果を表さなかったことから、EPAがVNUTに作用していることの裏付けと考えられた。
またパクリタキセルによる神経性疼痛モデルマウスに対して、EPAの他に従来の神経性疼痛治療薬であるプレガバリンやデュロキセチンを投与。すると既存のこれらの薬と比較して、EPAが低濃度で強い疼痛を抑える効果を表すことが明らかになった。
神経性疼痛は、帯状疱疹などのウイルス感染や糖尿病、がん、薬の副作用などで誰にもでも起こりうる症状である。にもかかわらず、現在認可されている医薬品だけでは治療が不十分なケースもあり、めまいや傾眠などの副作用の頻度も比較的高い。
EPAは神経性疼痛だけでなく炎症性疼痛にも効果があり、食品由来の成分でもあることから、安全性もすでに明らかになっている。さらに今回明らかになったトランスポーターへ作用する薬剤開発は、今後さまざまな病気への新たな創薬に繋がっていくことにも期待できるだろう。(記事:室園美映子・記事一覧を見る)