令和3(2021)年の回顧と令和4(2022)年の展望(元統合幕僚長の岩崎氏)(3) 【実業之日本フォーラム】

2022年2月3日 17:24


*17:24JST 令和3(2021)年の回顧と令和4(2022)年の展望(元統合幕僚長の岩崎氏)(3) 【実業之日本フォーラム】
「令和3(2021)年の回顧と令和4(2022)年の展望(元統合幕僚長の岩崎氏)(2) 【実業之日本フォーラム】」の続きである。


2.令和4(2022)年の展望
この様な情勢の中で令和4(2022)年がスタートした。残念ながらコロナ禍での年明けである。今年は、2月から3月にかけて北京で冬季オリンピック・パラリンピックが開催される予定だ。昨年末、米国が「中国の人権問題等」を理由に北京オリンピック・パラリンピックへの外交的ボイコットを宣言した。今年になって追随する国が徐々に多くなりつつある。

しかし、習近平主席にとって外交ボイコットなどは、あまり意味のない事である。寧ろ中国を煙たがっている国々の首脳が北京に来ない方が楽であろう。選手さえ送ってくれれば、オリンピック・パラリンピックは計画通り開催できる。習近平主席としては、それで十分なのである。

また、今年は、各国の選挙が多い年である。3月には韓国大統領選挙、4月にはフランスの大統領選挙、5月にはフィリピンの大統領選挙、7月には我が国の参議院選挙が行われる。そして、秋には米国の中間選挙である。この様な中で、私が懸念している事(リスク)について以下を述べたい。

(1)依然猛威を振るうCovid-19の新種株
やはり最大の懸念事項は、今年も残念ながらCovid-19対応である。昨年は、ワクチンの普及により、鎮静化するのではとの希望的観測もあったが、新種の変異株の出現で、再度、全世界がCovid-19の脅威に晒されることになっている。既に2年が経過し、3年目に突入しているにも拘らず、未だにこのウイルスは、猛威を振るっている。既に世界では3億人を越える人が感染しており、500万人を越える方々が亡くなっており、600万人を越す勢いである。

世界の全ての国・地域にとって、このCovid-19と如何に戦うか、又は共存するのかが喫緊の最重要課題である。この対応如何では、経済のみならず、各国の政権を揺るがすことも考えられる。

(2)米国の中間選挙の行方
昨年の回顧で述べたとおりバイデン大統領の評価は、予想を下回るものであった。特に、国内の分断は大変大きな問題である。今年の中間選挙に向け、この傾向が更に加速する可能性がある。この問題は根深く、単純ではない。長年、米国が抱えていた問題が、特にトランプという人物の出現で表面化したのである。簡単には解決できないだろうが、解決への努力は惜しむべきではない。米国内の分断の溝を少しでも埋めないと確りとした外交も安全保障も不可能であり、ましてや世界をリードする事は出来ない。

また、「同盟国への回帰」は大変重要な方針である。今年は、バイデン大統領自らが主導し、我が国との関係をより進化させる事、そして特に、トランプ大統領が壊した欧州各国との関係修復に尽力されることを望む。今年は、バイデン大統領、米国にとって大変重要な年である。


この様な状況の中で、昨年末からのウクライナ情勢はかなり緊迫度を増している。また、台湾周辺での緊張度も高まってきている。もし習近平主席とプーチン大統領が協力し、同時に事態が起これば(これが最悪の事態)、米国はまた裂き状態となり、いずれにも中途半端な対応にならざるを得ない。地域によって深刻度は異なるものの、我が国でも欧州各国にとっても大変なことである。果して、バイデン大統領は内外に問題を抱えながら、双方に適切な対応がとれるのであろうか。大変、憂慮すべき事態である。

もし、中間選挙で上院・下院で負けることがあれば、バイデン政権は更に弱体化し、高齢であることも考えれば、交代する事も考えられる。大変深刻な事態である。

バイデン政権は、昨年3月に「暫定国家安全保障戦略」を示し、中国に対する基本認識こそ公表しいているものの、未だに「国家安瀬保障戦略(NSS)」、「国家防衛戦略(NDS)」及び、これらに続く各種安全保障政策を示していない。是非、早期に決定、同盟国にもそれを示し、世界が抱える問題に協力し、また任務分担、相互補完し、対応することを強く望む。

(3)中国の不安定と躍進
習近平主席にとって、今年はこれまで以上に重要な年である。今年は習近平主席の2期目の終わりであり、3期目のスタートの年である。前述のとおり、習近平が再度、国家主席に就くことは確実であろう。しかし、習近平体制が盤石かと言えば、必ずしもそうとは言えない。

私は、不満を持っている側近や共産党幹部も、それなりに多いのでないかとみている。昨年末の「中国人民日報」に、改革開放路線に関する記事が掲載された。最近の中国経済の低迷を心配する内容である。が、真の狙いは別にありそうである。経済成長が鈍っている理由は、単純でなく、いろいろな要因が考えられるものの、この記事が指摘したいのは、最近の習近平主席の経済政策であろう。

これまでの中国は、トウ小平主席以来「改革開放政策」を採用し、他国に類を見ない経済成長を遂げてきた。江沢民主席や胡錦涛主席も忠実にこれを実行し、世界2位の経済力を持つに至ったのである。

しかし、習近平主席はこの「改革開放政策」を徐々に変更している。時代に合わせた変更かもしれないが、単にトウ小平色を消すためかもしれない。今回の「中国人民日報」の記事は、この様な習近平主席への批判と思われる。中国の機関紙である「人民日報」にこの様な記事が掲載されることは、政権内部にもかなり不満が蓄積されている証左かもしれない。習近平主席の三期目は確実であろうが、決して盤石でないし、順風満帆な状態でもないと考えられる。中国も不安定要因を孕んでいるのである。

習近平主席の3期目は本年秋から2027年までである。彼の2つの「夢」の実現には、4期目も必要である。その為には、不満分子をも説得できる成果(手柄)が必要である。北京オリピック・パラリンピックの成功も1つの成果である。ただし、これだけでは十分ではない。習近平主席は、オリ・パラ後、早速、次なる成果に向けた動きを開始する事が考えられる。

以前、「中国新聞」に、習近平主席が着任後「六場戦争」なるものが掲載されたことがある。2020年から向こう40年間に予測される戦争の記事である。この40年間で6つの戦争が考えられるとの報道であった。この中の最初の戦争は、習近平主席が、事ある毎に発言している「台湾」である。

中国にとって、台湾は中国の核心的利益である。最初の戦争は、2020-2025年で「台湾」を統一する戦争である。この場合、「戦争」と言いても単純に「Hot War」の事だけでなく、あらゆるタイプの戦いを意味している。中国の戦略の基本は、「伐謀」であり、「三戦(心理、世論、法律戦)」である。所謂、孫子が言う「戦わずして勝つ」事が最も善であるとの考え方である。

また、1999年に当時空軍の大佐であった喬良、王湘穂の両名が書いた「超限戦」(21世紀の新しい戦争)からも中国の戦い方を理解する事が出来る。この著書の中では、「今後の戦いは総力戦」であり、「(軍事のみならず)あらゆる手段の組み合わせ」を使って勝利する、と記載されている。「あらゆる手段」とは、ある時は相手方の基幹インフラを機能マヒさせ、またある時には経済市場を混乱させ、事前に仕組んだパソコンやネット・ワーク網を機能不全にし、心理戦で相手方を不安に陥れ、ありとあらゆる手段で相手方を混乱させ、最後に軍を投入し、勝利するというものだ。

所謂、従来の様な武力による戦闘をしなくても相手方を意のままに操ることが出来れば、犠牲者も少なく、善の善、即ち「最善」な戦い方になる。

昨今、台湾に関しては、いろいろな危険性が指摘されている。その多くは、台湾に対する武力侵攻を想定している。私は、敢えて否定はしないが、その確率はかなり低いと考えている。しかし、習近平主席にとって「台湾」を意のままに出来なければ、「夢」が叶わない。かつて馬英九氏(台湾国民党)が台湾総統を務めていた時代があった。彼は、中国との経済関係を重視し、比較的大陸(中国)寄りの政策をとっていた。

現在は、蔡英文総統(民進党)が多くの国民の支持を集めているものの、未だに国民党を支持する勢力は健在である。「香港」を見れば、習近平主席がこの勢力を使わない手はない。当然、習陳平主席には、敢えて武力に訴える選択肢もあるが、前述のあらゆる手段を駆使する戦い、即ち、例えば、海・空軍力(空母等の頻繁な航行、戦闘機・爆撃機の周回飛行等)による適度な威嚇・示威行動と、前述の三戦、時に世論戦、心理戦、経済力等を組み合わせ、かつサイバー攻撃等を駆使すれば、戦わずして、台湾への「一国二制度」の適用は可能になるかもしれない。

習近平主席にとっては、非常に重要な時期にさしかかっている。失敗は許されない。迂闊に武力を行使すれば、最悪の事態では多くの中国人に犠牲者が出る可能性がある。そうなれば、彼は失脚するしかない。彼は、敢えてそんな危険を冒すのだろうか。

我々は、当然武力攻撃も想定しながら、あらゆる攻撃を考えながら中国対応を考えないといけない。今年の中国は、以前にも増して危険な要素を孕んでいる。中国は、いつでも、どこでも「空白」を探している。政治・経済・軍事・宇宙・金融・文化・エネルギー・法律等々、ありとあらゆる分野を監視し、「空白」を見つければ、侵入し、我がものとする。我々は、「対話」は閉ざしてはいけないが、決して油断してはいけない。最大の警戒をもって対応すべきである。


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岩崎茂(いわさき・しげる)
1953年、岩手県生まれ。防衛大学校卒業後、航空自衛隊に入隊。2010年に第31代航空幕僚長就任。2012年に第4代統合幕僚長に就任。2014年に退官後、ANAホールディングスの顧問(現職)に。

写真:ロイター/アフロ

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