「サブカル業界で実力をつける中国」にみる、日本が進むべき「新たな道筋」とは(喜田一成氏との対談)(1)
2021年12月10日 17:02
*17:02JST 「サブカル業界で実力をつける中国」にみる、日本が進むべき「新たな道筋」とは(喜田一成氏との対談)(1)
【ゲスト】
喜田一成
株式会社スケブ 代表取締役社長
外神田商事株式会社 代表取締役
株式会社シーズメン CMO(Chief Metaverse Officer)
1990年福岡県生まれ。筑波大学情報学郡情報科学類出身。ハンドルネーム「なるがみ」としてサブカルチャー業界で広く知られており、VRSNSの総滞在時間は4,500時間以上。2013年に株式会社ドワンゴに入社後、3Dモデル投稿サービス「ニコニ立体」を企画・開発。その後合同会社DMM.com、パーソルキャリア株式会社を経て独立。2018年に国内のクリエイターに対して世界中のファンが作品をリクエストすることができるコミッションサービス「Skeb」を個人で開発。2021年2月に「Skeb」を運営する株式会社スケブの全株式を10億円で譲渡。「Skeb」は2021年11月時点で総登録者数160万人を超える世界最大級のコミッションサービスとなる。2021年12月にシーズメンのメタバース事業を統括するCMO(Chief Metaverse Officer)に就任。
【聞き手】
白井一成(株式会社実業之日本社社主、社会福祉法人善光会創設者、事業家・投資家)
■「国文化がどんどん薄れる」メタバースの世界
白井:SNSやYouTubeなどのデジタル空間では、さまざまな国の人たちが、国境関係なく、コミュニケーションしています。人が集まれば、必ず文化が形成されて、人との関わり方のマナー、ルールがあり、そこでのヒエラルキーの形成を促すシステムが生まれます。
喜田さんが指摘するように、ゲームでも、VRSNSでも、独自の組織文化が形成されています。今後、多くの人がメタバースに参加し、それが人間社会の大きな部分を占めれば、そこでの組織文化やマナーはどうなっていくのでしょうか。
喜田:それぞれの国固有の文化は薄れていくと思います。VRSNS上で、私が日本人だと思っていた方がいたのですが、実際には日本語がペラペラの17歳の韓国人でした。どうやって勉強したのかを聞いてみると「VRSNSで日本人のグループにいたら話せるようになった」とのことでした。ほかにも、「心は日本人だと思っている」、「兵役には行きたくない」などと話してくれました。
これまで人は、家庭や学校、会社などの人間関係を築き、気候や風土、伝統などといったその国固有の要素に影響を受けてきました。しかし、VRSNSを観察していると、いままでの属地的な文化を離れ、デジタル上の飛び地での独自の文化が育まれているのです。
ヘッドマウントディスプレーをかぶれば、フランスに行かなくてもフランス人と仲良くできるし、日本に行かなくても日本人と仲良くできます。少し前であればボイスチャットだけでしたが、いまでは、身振り手振り、視覚情報、全身の動きなども、リアルタイムに同期された状態で交流することができます。
今後、デジタル上の文化的飛び地がどんどん増えるのではないでしょうか。デジタル上のチャイナタウンと考えれば、理解は容易かもしれません。
■日本のサブカルの力は巨大
白井:有史以来、人間は個別で生活するより、集団による分業体制のほうが効率的であるため、集団を形成してきました。ひとたび人の集団が出来上がると、そのなかでのコミュニケーションのあり方やルールなどの組織文化が自然発生的に形成されます。現代の国民国家もこの延長線上にあると考えられます。
ウエストファリア体制以降、人類は、国民が主権者の地位につく国民国家を形成し、国旗や国歌、言語や文字の統制によって、国民のアイデンティティを育んできました。見方を変えると、閉じられた空間によって、組織成員の同質化を促すものであったと考えてもよいでしょう。
しかし、デジタル化によって文化の移転コストがゼロに近づき、将来的には、より魅力のある空間とその文化に、多くの人が集まるということになるかもしれません。メタバースが巨大化していく未来を見据えると、日本の国家戦略は、国家のあり方を見直すことで守りを固めつつ、より魅力的な文化を形成することで、メタバースでの影響力の増大が鍵になるかもしれません。
実業之日本フォーラムでは、日本の「国益」について考えています。国益とは、自分たちのポリシーに従い、他国から侵略されずに、自国民が経済的に豊かに暮らすということであり、そのために自国の生存領域の維持や拡大を行わねばなりません。このためには、自国の力(国力)を投射する必要があります。
国力は、ハードパワーとソフトパワーの2つに大別されます。ハードパワーは言葉のとおり、軍事や経済力で他国を従わせることであり、ソフトパワーは、自国の文化や魅力を、他国の理解や共感を得ることで、自国の影響力を増大させることです。日本が保有するソフトパワーでは、アニメなどのサブカルは非常に強力です。
2021年7月、マクロン大統領がG7出席のために来日した時には、『鬼滅の刃』の作者との面会を希望しているという話が大々的に報じられました。日本には、相当重厚なサブカル文化が形成されているはずであり、日本外交や文化戦略は、もっとこういうものを意図的に活用すべきだと思います。
これを力に変えていき、日本が好きだ、日本の言うことを聞いてみよう、日本の言うことは正しいはずだ、といったようにしていくべきです。韓流ドラマやアイドルなどの韓国のソフトパワーの躍進をきっちりと分析し、日本はもっと戦略的に動く必要があります。
喜田:確かに日本のソフトコンテンツのパワーは非常に強力です。ハードと違って、ソフトコンテンツは、積み重ねであり累積です。50年前の作品が突如として海外で流行ったりすることもあります。球数があれば強い。ハードと違って、消費されてもなくならないという特徴もあります。
日本はソフトコンテンツのバンク(貯蔵数)がすごく多いと思います。最近は中国も似たようなものを大量に作っていますので、年間の作品数はいずれ中国に負けると思いますが、それでも日本の強さは特筆に値します。
VRchat内での「第二言語は日本語」
世界最大のVRのSNSであるVRChatはアメリカ製ですが、第2言語は日本語です。流通しているアバターのほとんどが日本の個人クリエイターによる製作です。VRChatの運営陣は、日本のことが大好きで日本語を話す方もいらっしゃいます。
VRChatを始めた外国人の中には、日本語を勉強したいから、日本人がいっぱいいると聞いたから、という動機の方も多いようです。最近話題になったのが、日本人向けの初心者ワールドです。初心者向けに日本語でたくさん使い方や説明や記載されているのですが、日本人と交流したい外国人のたまり場となっていました。日本人と交流したくても、日本語ができなかったり、マナーや文化的に日本人となじまなかったりで、ちょっとしたトラブルが起こるくらい日本は人気なのです。
このような状況から、日本語話者向けの交流ワールドが作成されたのですが、これが人権問題だと提起されました。日本語話者だけを選別するために、入口に、漢字の読みや正しい文法を読み解けるかどうかという日本語のクイズが置いてあるのです。
白井:まだ、VRChatは発展期のはずなのに、さまざまな文化面の問題が噴出しているという状況なのですね。日本が、メタバースである程度の主導権を握りたいのであれば、できるだけ早くこの空間での現象を学び、ソフトパワー戦略を練る必要がありますね。
冒頭で触れましたように、フェイスブックが「メタ・プラットフォームズ」に社名変更して、メタバースに年間1兆円の投資を表明しております。彼らの提供する空間はどのようなものでしょうか。
喜田:Horizon Worldsですね。まだ詳しい仕様は分からないのですが、アバターは下半身が存在しないようです。性的な問題をはじめ、様々な問題を避ける目的だと思います。また、彼らは、ヘッドマウントディスプレイMeta Quest(旧Oculus Quest)を販売しており、ハードからソフトまで支配を強めていくでしょう。アバターの服なども、彼らの認めたものでしか販売できず、極めて抑圧的で専制的なワールドになるでしょう。アップルがiPhoneやMacで進めてきた戦略に近いと思います。
■「表現の自由」をあらゆる面から守れ
白井:日本は、どのようにメタバースでの戦略を組み立てていけばいいのでしょうか。
喜田:ソフトコンテンツで日本が最も強い理由は、海外と比べて表現の自由が保障されているからです。必要なのは自由に創作できる環境であり、国がお金を渡せば作れるものではないでしょう。
権利侵害に対しては、権利者がスムーズに削除できるような仕組み、制度を構築する。あるいは、表現の自由をあらゆるものから守っていく体制づくりが大事だと思います。
日本の表現の自由は、過去何度か危機に瀕したことがあります。2016年には、TPPによる著作権法の改正がありました。表現の自由を守ることが日本のソフトコンテンツを守ることにつながると思います。
トップダウンでの助成や協力はしないほうがよいでしょう。伸び伸びと創作させることが大事です。助成金は絶対だめで、クリエイターがクリエイティブなことだけできる社会にすることが大事です。海外展開など代わりにやってくれるようなエージェント単位のものをたくさん作り、その企業に対して国が助成するというのは一案です。多言語対応とか審査面もサポートできるでしょう。
また、できることがあるとすれば、職業の貴賤のようなものをなくす法律を作ることでしょう。クレジットカードも作れない、住宅も借りられない自営業の方もいらっしゃいます。エロ漫画家の方で、家を買おうとしたら何件も断られたというケースもありました。漫画家の保証人を代行したり、あるいは担保したりする。ローンについても、サラリーマンと同じような地位を約束するような仕組みも必要でしょう。
白井:クリエイターの社会的地位をしっかり保障するということですね。スケブが取り組んでいることに近いですね。
喜田:そうですね。描くことだけに集中できる環境づくりという点では同じです。
「「サブカル業界で実力をつける中国」にみる、日本が進むべき「新たな道筋」とは(喜田一成氏との対談)(2)」に続く
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