5年先まで使える広告代理店的プレゼンテーション術 (58)
2021年8月8日 16:18
先日、東京五輪のスケートボード・女子ストリートの「メダリスト記者会見」を見ていたら、「難しいです」「もう1度お願いします」と中高生メダリストの2人が困惑していました。そこでは、無目的で雑な質問が繰り広げられていたのです。
【前回は】5年先まで使える広告代理店的プレゼンテーション術 (57)
「岩崎恭子の記録を塗り替えた13才最年少金メダリストの誕生」という年齢インパクトに支配されてしまっているせいなのか。すでにネット上に2人の記事が出揃っているからなのか。記者たちには縁遠いハードコア・カルチャーへの理解不足のせいなのか。何か新しい情報を引き出そうとする意思が記者たちから微塵も感じられない会見でした。
ただのストリートの遊びから発展して世界的スケーターになった2人。せっかく彼女たちから、私たちは新奇の気づきや未知の刺激を言葉で得られるチャンスだったにもかかわらず、収穫ゼロ。ただ、記者とスケーターの二者間の乖離が「シュールな時空間」を作り上げていることは確かでした。
では、実際の「質問と回答」を列記し、検証していきましょう。
Q. メダルを獲った実感は湧いたか? どんな時にその実感を感じるか?
A. (中山)まだ湧いてないです。
⇒ 獲った実感が湧いたか否かを訊き出しても、そんな情報は2次利用できないし、何の情報価値もない。五輪との接点や出場への意義、メダル受賞の気持ちを引き出したいのならば、もっと具体的に開いた言葉遣いで訊かなければ、彼女たちには咀嚼できない。訊き出したいポイントをもっと愚直に相手にぶつけるべきだった。
私なら、こう訊きます。
一般的に国民の期待を背負い、同時に反発もある重圧のかかった東京オリンピックに出場したわけだが、そもそも、プレッシャーを感じていたのか? 他の世界大会出場と異なる特別な気持ちがこの五輪に芽生えたのであれば、それはいつ頃か? 五輪のメダルは、他の世界大会のメダルと比べて、何か違う価値を感じたか?
Q.トップに立てた理由は?
A. (西矢)周りの人に支えられて。
⇒ 質問が漠然すぎて、答えづらい。そのため、抽象的で汎用性のある優等生的回答に終わっている。成功を引き寄せた要因やそのための準備を訊き出すべきだった。
私なら、こう訊きます。
「遊び」だったスケボーを「競技」として捉え始めたきっかけは?
トップに立つために、コツコツやってきた日課はあるのか?
トップに立つために、どんなアイデアが必要だったのか?
Q. 金メダルの「ごほうび」を教えてください。
A. (西矢)焼肉。
(中山)漫画。
⇒ 記者は、金メダルと何かを対比させることで「メダリスト」であり、「子供」でもあることのギャップを示す表現を引き出したつもりだろうが、手法が陳腐で古臭い。
子供扱いしていることだけが悪目立ちしていた。「こんな素朴なごほうびをねだる微笑ましい子供でもメダリストになれる」ニュアンスを出したかったのかもしれないが、きれいな媚びた質問では、本音は訊き出せない。
私なら、こう訊きます。
今、金メダルよりも欲しいものがありますか?
Q. 岩崎恭子みたいに金メダルを西矢選手の言葉で表現すると、どんな金メダルか?
A. (西矢)いい思い出です。
⇒ 岩崎みたいな名言を無理矢理引き出そうとしている点があざと過ぎる。試合経過後に強制的に訊いても、この記者が望むような価値ある1行が生み出されるわけがない。あのような1行を作り出したいのならば、西矢にもっと具体的に「主旨」を説明した上で「お願い」するべきだった。即答で断られても、それはそれで面白い。
私なら、こう訊きます。
「今まで生きてた中で、一番幸せです」と気持ちを表現した金メダリストが昔いましたが、西矢選手がトリックを決めて金メダルが確定した瞬間の気持ちを1行で表すとしたら、どうなりますか?
Q. いいイメージを持たれていないスケボーをどんな風にしていきたいと考えているか?
A. (西矢)パークを増やしたい。ストリートでも滑れるようにしてほしい。
(中山)(質問の内容が)難しいです。
⇒ 急に社会問題系にふっているので、スケボー大好き中高生に何訊いてんだよ~って
一瞬思ったが、2人の思考・姿勢・本質を知る上では有効で、子供扱いしていない点でも良問だった。
Q. あらいぐまラスカルを聴いている理由は?
A. (中山)テンションが上がるから。
(西矢)試合中は音楽を聴きません。
⇒ 愚問すぎる。音楽を聴くのは「気持ちいい」以外、理由などない。
Q. 夏休みの宿題はどれぐらいやっているか? 免除してやれという指摘をどう思うか?
A. (中山)宿題はするもんだから、やろうと思います。
(西矢)宿題出てるか、わからないです。
⇒ 論外。「何か質問しないと帰社しづらいな~」的愚問にもかかわらず、
2人の返しが、シュールすぎて秀逸。パンキッシュな部分が垣間見れた。
Q. 13才と16才のメダル獲得が日本中で取り上げられているが、ご自身はどのように感じているか?
A.(中山)スケートボードに年齢はあんまり関係ないので、3位はうれしかったです。
(西矢)もう1回質問をお願いします。13才で金メダル獲れたのはうれしいけど、
中山選手が言ったとおり、年齢はあまり関係ないと思います。
→ しつこい。この年齢質問は、試合直後のインタビューでどこかの局がすでに質問し、回答・放送済み。そもそもスケボーは開始年齢が大概早く、瞬発力やキレといった身体能力がキモなスポーツなので、「若いのに凄い」は大きな見当違いで、若さはむしろ有利な武器。そして、年齢で切ること自体が、エイジハラスメント的要素を孕むことに記者が気づいていない。ただし、質疑応答としては2人の主張が最も強く浮き出ている。
Q. 2人にとって、スケボーとはどんな存在か?
A. (西矢)海外やいろんな人と仲良くなれるもの。
(中山)生活の一部になっています。
→ 2人のスケボーへの考え・思いがストレートに感じとれる的確な回答なので、結果論として良問といえる。
■(60)試合後のインタビューを聴き終えるまでが、競技
トップに躍り出た西矢を追う3位の中山が、最後のトリックで逆転技を繰り出す。しかし、着地に失敗。結局3位に終わる。抑え目の技で銀を狙うのではなく、「絶対に金を獲ってやるつもりで滑った」と試合直後のインタビューで中山は語っている。銀など眼中になく、金だけを狙う中山の執念のラストランこそ、ドラマのピーク(見せ場)だった。
たとえば、このピークを起点にした質問を展開していけば、追う中山・追われる西矢の心理戦、戦略や駆け引き、最後の技の選択理由、そこに至るまでの精神状態、判断力、選手の思想など、超一流の情報を流れで享受できたはずだ。
選手の「本音」に迫りたければ、記者も「本音の質問」をするべきである。気づきや学びが得られなければ、インタビューの意味がない。年齢は関係ないと本人たちが述べていることに乗じて、対等に、もっと貪欲に彼女たちから情報を取ってほしかった。
入賞者が決定しても競技は終わらない。視聴者にとっては、「試合後の実のあるインタビューを聴き終えるまでが競技」なのである。記者はこの意識を持って、発信する情報を一体誰にどのように作用させなければいけないのか、目的のある質問を選手にぶつけてほしい。
不安定なスケートボードに乗って生きていく。そんなパンクなスケーターたちの根幹に一切触れることなく終わった、無内容な記者会見。本当にもったいない。