三菱スペースジェット納入問題 (5) 新型コロナウイルスが止めを刺すか?
2020年8月2日 07:34
三菱重工業はグループ全体で約8万人になる従業員のうち、約2千人を今秋までに配置転換する方針を固めた。
【前回は】三菱スペースジェット納入問題! (4) 航空会社の経営が逼迫している!
祖業と言える造船関連は中国・韓国勢のダンピング問題と需要の急速な落ち込みに悩まされていた。象徴的な事例が、19年7月に公表された今治造船からの商船の建造委託だ。
今治造船が前年の18年に、世界の有力な海運国であるギリシャのナビオスグループ(ナビオス)から受注した大型原油タンカーの建造を、委託された。ナビオスが発注したのは31万トンクラスのタンカー4隻で、三菱重工業が建造委託を受けたのは、そのうちの1隻である。
長崎市の香焼造船所で建造し、21年の秋には竣工が予定されている。世間を驚かせたのが、この取引が実質”下請け”だからだ。官僚よりも官僚的と揶揄されることすらある、プライドの高いスリーダイヤが下請けの仕事を拾わざるを得ない苦境にあった。
三菱重工業は17年に今治造船や大島造船所、名村造船所という専業メーカーと商船分野の業務を提携した。提携時に三菱重工業が抱いていた思惑は、設計技術で強みを持つ三菱重工業が図面を引いて、建造コストが抑えられる専業メーカーに建造を委託するという流れだった。
19年に今治造船から受けた建造委託は、三菱重工業の思惑に反するどころか、三菱重工業が持ち掛けて実現したというまさに下請け案件だ。結果、三菱重工業にとっては6年ぶりに同クラスのタンカーを建造することになった。
プライドを捨てて獲得した大型タンカーは順調に建造が進めばあと1年少々で竣工する。だから、造船部門の余剰人員を調整するというスタンスは分かり易いが、今回計画されている配置転換の中心は民間航空機部門である。
確かにボーイング737の墜落事故と新型コロナウイルスの挟撃を受けて、米国政府の支援を必要とするボーイング社向けの事業が、ほとんどストップに近い状態であり今後の需要回復時期が見通せないから、当該事業の組織を縮小することには納得性がある。
注目されるのは、生みの苦しみの最中にある国産旅客機「スペースジェット」(SJ)部門の大幅な縮小だ。三菱重工業がSJに対する姿勢の変化を見せ始めたのは、20年2月に6度目となる納入延期を発表した時だ。
この発表の際に注目されたのは、「納入時期を20年の半ばから、21年度以降に延期」という言い回しだ。納入時期を6度に渡って延期してきた後ろめたさが、明確な時期に縛られない表現を選択したと受け止められることではない。
既にSJを発注している航空会社は、メーカーが公表する納入時期を目途にして、老朽機体の退役時期を詰める。新型機の納入時期に間に合うようにパイロットや整備士の訓練を行い、事故の懸念がないように万全の準備を行う。
航空会社が納入時期に合わせた膨大な投資を行うため、納入時期の遅れはペナルティを覚悟すべき重大な事態なのだ。今までの納入延期に対しても、言葉だけの詫びで終わっている筈はない。そのため、肝心の納入時期を「いつだかわかりません」のままで受け入れてくれる航空会社は存在しない。
「21年度以降」というヘンチクリンな納入時期が公表された後に本格化した、新型コロナウイルスによる感染拡大は、全ての航空会社の経営を窮地に追い込んだ。感染の終息時期が見通せない以上、投資計画は考えられないというのが現在の航空会社の本音だろう。「航空需要がコロナ以前に戻ることはない」という見方すら否定できる人はいない。
機体の納入時期を明示できないメーカーの都合と、出費を極力抑制したい航空会社の思惑が奇妙なところで一致してしまった。
そんな目で振り返ると、SJの開発費が前期の1409億円から600億円へと大胆に削減されることも、三菱航空機が外国人エキスパートを大量にリリースして、海外拠点を縮小することにも、大きな筋書きが感じられる。
もちろん国家の支援も受けた事業を、民間企業の思惑だけで左右することは出来ないだろうから、紆余曲折は考えられる。国産初のジェット旅客機事業がどんな結末を見せるのか、エピローグの予感を抱く人は少なくない筈だ。(記事:矢牧滋夫・記事一覧を見る)