見えない敵・新型コロナとの”静かな戦争” (7) 新採用の抗原検査キットに出番はあるのか?
2020年5月14日 12:24
新型コロナウイルスへの感染を診断する手法として名高いPCR検査に、誤差があることは知られている。
【前回は】見えない敵・新型コロナウイルスとの”静かな戦争” (6) 治療薬アビガンに催奇性?
真正な感染者のうち、検査の結果陽性と診断される患者の割合を真陽性率と言い、感度と表現される。感度を高くすると陽性患者の見落し(偽陰性)は減少するが、間違って陽性と診断(偽陽性)される患者が増加する。
非感染者が、正しく陰性と診断される患者の割合を真陰性率と言い、特異度と表現される。特異度を高くすると間違って陽性(偽陽性)と診断されることは減少するが、陽性患者の見落し(偽陰性)が増加する。(特異度=臨床検査の指標の1つ、「陰性のものを正確に陰性と判定する確率」である)
つまり、陽性と判定する基準値(カットオフ値)を変更することによって、感度と特異度が変わる。両者はトレードオフ(一方を追求すると、もう一方が犠牲になる)の関係にある。
今まで数多くのPCR検査が行われているが、時折「回復した筈の人が再度陽性になった」とか、「陰性の人からコロナに感染した」という報道がされている背景の、大きな要因と考えることができる。
実際に中国で行われた研究では、新型コロナウイルスへの感染が疑われる対象者51人に対するPCR検査において、初回には陽性診断が36人に止まったものの、最終的には全員が陽性と診断された例(中国・温州医科大学附属病院)がある。また1014人を対象に行われたPCR検査で、最初に陰性と診断された15人が、陽性と診断されるまでに5.1日が経過した例(中国・武漢市華中科技大学医学院附属病院)も、報告されている。
たとえ新型コロナウイルスに感染していたとしても、あまりに早すぎる検査では正確な陽性診断は6~7割程度に止まる可能性があるということだ。
基準にしろ目途にしろ、37.5度の体温が4日続くことをPCR検査の前提にしていたことは、誤診による無駄と混乱を防止するために必要だった。その結果として、PCR検査件数が増加しなかったとしても、大きな不都合はなかったのだ。日本の新型コロナウイルス感染症による死者が、世界各国と比較しても驚異的な少なさに収まっていることが、そのことを間接的に証明している。
ところが、厚生労働省は13日に新型コロナウイルス感染の有無を調べる抗原検査キット「エスプライン SARS-COV-2」を薬事承認し、公的医療保険の適用を決めた。
鼻の奥(鼻咽頭)から採取した拭い液を、キットに垂らして反応を確認する。陽性の場合には、15~30分程度でキットに色のついた線が浮かぶ。検体の採取手順はPCR検査と変わらず医師の感染を防ぐため医療用の防護具も欠かせないが、診断結果が判明するまでの時間がPCR検査の4~6時間に対して、長くても30分程度で済むというのが最大のポイントだろう。
残念な点は、診断精度がPCR検査よりも更に低下することだ。
抗原検査キットで陽性と診断された場合には感染者であることが確定するが、陰性の場合には、後日再度抗原検査かPCR検査を受診することが前提だ。抗原検査を受けられる場所も、現在PCR検査を実施中の「帰国者・接触者外来」などに限定されるため、受診の利便性が向上する訳でもない。
多少の時短が見込まれる程度のメリットはあるにせよ、医師の2次感染のリスクは変わらず、陰性の場合には確定診断とならない点や、診療場所が限定されることなどを考慮すると、敢えて新検査法を導入する意図が見えない。言ってみれば「屋上屋を架す(おくじょうおくをかす)」に等しい。医療関係者以外の診断に使用される機会は、ほとんどないだろう。(記事:矢牧滋夫・記事一覧を見る)