この機会で大きく変わる「人との距離感」
2020年4月20日 19:48
新型コロナウイルスの感染防止のため、「ソーシャルディスタンス」の重要性が言われています。
公衆衛生上の用語で、「感染拡大を防ぐために意図的に人と人との距離を保つこと、人が近づく場を避けること」を言い、感染防止のために、他人との距離は、両手を広げても触れ合わない2メートル以上の間隔をあけようといわれています。
あくまで人との物理的な距離感ですが、距離を保つのはやはりいろいろ不自由があります。「集まってとどまること」はすべてダメなので、イベントはもちろん、ほとんどのレジャーはNGです。
誰かに会いに行こうにも、公共交通はダメ、屋内はダメ、長時間もダメとなると、自分の車で動いて屋外でちょっと立ち話程度しかできないので、これではせっかく会う意味がずいぶん薄れてしまいます。ビジネス的な面談などは、さらに難しいでしょう。
こんな「人との距離感」には、物理的なものだけでなく、心理的なものもあります。孤独感や疎外感といったものは、心理的な距離感の遠さが大きいと思いますが、私は最近、人との物理的な距離感と心理的な距離感は、あまり比例しないという感覚を持つことが度々ありました。
一番顕著な例は、最近はウェブを介したビデオ通話、ビデオミーティングが増えていますが、これを実際に使いこんでいくと、直接会って話しているのとかなり近い感覚でコミュニケーションができて、思っていた以上に満足感も得られたということです。
まったく初対面の人とビデオミーティングで話す経験もしましたが、その場で名刺交換ができない程度の不自由で、それ以外は普通の面談、商談と同じような感覚で進めることができました。
ウェブ飲み会も何度か経験しましたが、こちらも思っていた以上に会話が弾んで盛り上がりました。
もちろん、話しかけるタイミングとか、人数によっては進め方の問題とか、普通の飲み会とは違う不自由さはありますが、その一方で金銭的なやり取りが不要で、帰る心配がなく、参加や退出の時間はその人の都合でかまわないので、逆に自由度が増す部分があります。
飲み会の次善の策というよりは、これはこれで新しいコミュニケーションの形態として、平常に戻った後でも続くのではないでしょうか。
少し前ですが、遠方の知人から丁寧な手書きの手紙をもらいました。心がこもった文章で、いる場所は遠くても心理的な距離感は近づいた気がしました。アナログでもデジタルでも、心理的な距離感は縮めることができます。
今回の事態で起こっている様々な不自由の中で、「人との距離感」の取り方は、これをきっかけに大きく変わっていくだろうと思います。
その一方、たぶん変わらないものもあります。人との心理的な距離感に、大きくかかわるのは「他人を気遣う心」です。これがベースであることは変わりません。
相手がどう思っているのだろうか、何を望んでいるのだろうか、何がしたいのだろうかと、相手の気持ちに興味を持ち、その思いを受け止められる感性があれば、物理的な距離は遠くても、心理的な距離感は縮めることができます。それは、直接の会話、手紙、電話、Eメール、チャットツールその他のツールなど、使う道具が何であっても同じです。
人とはなかなか直接会えない今だからこそ、人との心理的な距離感を縮める「他人への気遣い」が、今まで以上に問われているのではないかと思います。
※この記事は「会社と社員を円満につなげる人事の話」からの転載となります。元記事はこちら。