「身の丈の仕事でいい」という社長の話

2019年6月27日 17:40

 数年前に知り合ったIT社長の話です。
 社員20名ほどの小さな会社ですが、技術的に何が得意とか何が強いといったことはそれほどなく、業績も利益は出るが売上は上がったり下がったりです。堅実な会社とは言えますが、見方を変えれば、良くも悪くも特徴がない地味な会社です。

 社員の皆さんの性格は何となく似ていて、あまり人を引っ張るタイプではなく、どちらかと言えば口数が少なく、アグレッシブな感じではない人がほとんどです。こう言い切ってしまうのは失礼かもしれませんが、一般的に言われる優秀な社員、できる人材という雰囲気ではありません。あまり勉強している感じでもないですし、技術的な興味も今一つ少ないように見えます。表面的には上昇志向が見えません。ただし、真面目でいちいち文句は言わず、コツコツと仕事をこなす人たちです。

 社長自身もたたき上げで、それなりに苦労してきた人ですが、社長の好みなのか、そういう人から好かれるのかはわかりませんが、時折入社してくる社員も同じようなタイプです。
 社長に聞くと「優秀な人が応募してくれることはあるし、こちらは歓迎だけど、なかなか入社してくれないね」と言っています。それが本心かどうかはよくわかりません。

 この社長がよく言うのは、「社員の能力やレベルに合った身の丈の仕事でいい」という話です。
 「“みんなが上を目指して”、“他社と競争して勝ち抜いて”、“会社を成長させて大きくして”というのは、経営者として普通の価値観かもしれないが、うちの社員たちはそういう性格でないし、それをやったら苦痛だろうし、たぶんみんなつぶれてしまう」
 「この人たちに見合った仕事を探して、ちゃんと生活できる収入を得られるようにして、そこで会社が存続できる程度の利益が出せればよい」
 「やれる仕事を見つけてくるのが経営者の仕事」
 とおっしゃっていました。

 私は人事という立場で、「どうやって優秀な人材を集めるか」「どうやって社員の能力を高めるか」「業績を高める人事戦略は」などという視点で考えることがほとんどですが、実際にはそんなに都合が良い人材ばかりがいる訳もなく、みんなが勉強家で上昇志向にあふれている訳でもありません。こちらの一方的な都合だけで社員をあおっても、それがつらい人や苦痛な人は大勢いるでしょう。

 最近読んだあるコラム記事でも、同じような話がありました。
 「自分たちの仕事はそれほど難しいことでなく、決められた作業の繰り返しで、しかも拡大志向ではないので、それでは絶対に物足りなくなるような優秀な人材は採用しない」といいます。

 会社として成長、上昇、拡大を目指すのは、一般的なことのように思えますが、今いる人材の「身の丈に合った仕事」を探して、仕事をする場所を作るというのは、こういう志向とは異なる、しかし一つの大事な見方だと思います。
 例えば、次から次へと新しいことに興味を持ち、自分で学ぼうとするような優秀な人にとっては、同じことの繰り返しで、退屈すぎて続けられないような仕事でも、コツコツ地道にコンスタントに継続することができるのは、その人材の強みと言えます。
 また、続けることによって、どんなに速度が遅くても、徐々にその仕事に慣れて中身に詳しくなることができます。大きな変革はできなくても、中身がわかってくれば、身近のちょっとした改善はできます。

 「身の丈の仕事でいい」という話を聞いて、あらためてみんなが同じ高みを目指す必要はなく、すべての人にそれぞれふさわしい持ち場があるのだと思います。

※この記事は「会社と社員を円満につなげる人事の話」からの転載となります。元記事はこちら

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