香害の悩み 少しずつ広がる社会の理解
2018年11月14日 21:35
香りは、アロマテラピーで人の心を癒やし、衣類をさわやかに仕上げるなど、さまざまな場面で好まれるようになり、世の中には人工的な香りがあふれている。その一方で香りに悩まされる人がいる。香りに含まれる化学物質が、めまいや吐き気、思考力の低下を引き起こすのだ。少しずつではあるが近年、公害ならぬ香害(こうがい)に悩む人たちに光が当てられるようになり、国や企業が香害解消に真剣に取り組むことが求められている。
■巷にあふれかえるアロマ製品
ドラッグストアで柔軟剤や洗剤のコーナーを見ると、成分の中に「香料」の語が入っている商品が多い。商品名の横に「アロマ」や「ラベンダー」など香りを強調する文字が踊っている物も目立つ。香料が入っていない商品を探すのに苦労するくらいだ。
実は、筆者の妻は化学物質過敏症で、香りに対してもアレルギー症状が出る。今年の夏前に引っ越したマンションでは、トイレ内で芳香剤の臭いがして頭が重くなるというのでその対応に苦労させられた。まずはその体験から紹介することにしよう。
■トイレに香り成分のない消臭剤を置く
ハウスクリーニングは業者に注意するよう伝えており、香料のない洗剤でやったはずだから前の所有者が使っていた芳香剤の香りが壁クロスや天井に染みついたのではないか、というのが、不動産会社やリサイクル業者の見解だった。そこで洗剤をつけないで床、壁、天井を拭いてみたものの、改善は見られなかった。「空気の入れ換えを頻繁に」と言われても、トイレには窓がなかった。
対策としてまず、消臭剤を置くことを考えた。もちろん香料が入っていてはいけないので以前から使っていた「無香空間」(小林製薬)を置いた。製品説明によると、成分は「アミノ酸系消臭剤、吸水性樹脂」で、「香りを一切使用していない無香タイプの消臭剤」とある。しかし、あまり効果は感じられなかった。
引っ越してすぐであるが、テレビで「100%植物由来の消臭剤」が紹介されていた。ハル・インダストリの消臭剤である。成分は、マツ、ヒノキ、スギなど、針葉樹系の樹木10数種類から抽出したエキスを精製・配合したもの。ニオイ成分を元から中和・分解するというので、さっそく電話で事情を話して相談したが、抜本的な解決に至るには難しそうだった。しかし、悪くはなさそうなので、今でもトイレに置いてある。はっきりしないが、多少の効果はあるだろう。
■壁材エコカラットを検討
マンションの部屋の一部にはエコカラット(リクシル)という壁材が使われていた。聞くと空気中の有害物質を吸収し、消臭力があるという。そこで、トイレの壁をエコカラットにすることを思いつき、さっそくリクシルに電話した。
エコカラットは「湿度の調整」「生活臭の脱臭」「有害物質の吸着・低減」の機能を持つと謳っている。アンモニア・トリメチルアミン・硫化水素・メチルメルカプタンという“4大悪臭”を吸着し、脱臭すること、トルエンやホルムアルデヒドなどシックハウス症候群の原因となる有害物質を吸着・低減させることができるということはわかった。
電話でのやりとりでは、トイレの臭いの原因がわからないので妻が感じなくなる程度になるかどうかは確約できないということだった。設置工事の見積もりが高かったこともあり、結局エコカラットは諦めた。
■専門の清掃業者への相談
次に考えたのは、専門業者による清掃だった。
ダスキンに電話して徹底的な清掃が可能かどうかを確かめた。清掃レベルにはいくつかあり、もっとも脱臭効果が期待できる丁寧な清掃もあるという。行き詰まった状況のなかで他に考えつかなかったので予約をしたら、猛暑のためエアコン清掃の予約がびっしり入っていて工事日は1カ月後となった。しかも、エコカラット同様、清掃後に問題が解決するかどうかは確約できないということだった。
しばらく考えた後、どうせ清掃なら自分たちでやってみてから考えようとダスキンはキャンセルした。そして、香料が入っていない「除菌できるアルコールタオル」で床、壁、天井を丁寧に拭いた。ほこりだらけの排気口もきれいに掃除した。少しはましになったと妻が言うので、解決策を探しつつ、トイレをきれいに保つことで今は我慢している。
■市民団体や企業の取り組み
香害は徐々にではあるが、社会に認知されるようになってきたようである。
シャボン玉石けんは全国紙に「日本に新しい公害が生まれています。その名は『香害』」という全面広告を出した。そこでは「エチケットのつもりでつけていたあなたの服の香りが、だれかの健康を奪っているかもしれない。そこまでして、香り付き柔軟剤や香り付洗剤を使う必要はあるのか。過剰な香料や添加物を使う必要があるのか。シャボン玉石けんは、あなたに問いたい」と問題提起している。
NPO法人日本消費者連盟(日消連)は昨年7~8月に2日間、「香害110番」を開設した。「他人の柔軟剤の香りで息ができなくなり、吐き気もある」「脱力感や筋肉のこわばりが起こる」など計213件の訴えが寄せられ、被害の深刻さが浮き彫りにされた。
さらに日消連など7団体は関係省庁と業界に「香害を引き起こす製品の製造・販売をやめる」「香りつき製品の公共施設での使用自粛を啓発する」「保育園・幼稚園、学校での使用自粛を促し、被害を受けた子どもに学習する場を確保する」などを要望。5月22日には国会内で「香害110番から見えてきたもの」と題する集会を開いた。
また、日消連は6月16日の総会で、「香害をもたらす製品の規制と使用自粛の啓発を求める特別決議」を採択した。そこでは国に対し、次のように要望している。
これまで消費者庁に相談窓口の設置を、厚生労働省に原因物質の究明と規制を、文部科学省に学校など公共施設での自粛啓発を、経済産業省に洗剤業界への指導をと要望を出してきました。いずれも「症状の原因となる物質を特定できない」ということを理由に、対策に後ろ向きの姿勢を変えていません。原因物質の特定は行政の責任で追求すべきだが、仮に特定できなくても、被害者が100万人とも言われる問題を放置する姿勢は許されません。予防原則に立って、原因であることが疑われる商品は製造・販売を中止することを求めます。
これに対し、国や業界の対応は鈍く、「品質表示自主基準」の改定で利用者のマナー向上を促す表示をする程度の対策しか検討していないという。
■国、自治体に求められる香害対策
香害に対する認知度はまだまだ低いが、少しずつ被害者の声が上がるようになり、市民団体や企業を含め、確実に社会の関心は高まってきている。
自治体でも、カナダのハリファックスでは2000年に香水禁止条例が制定され、公共の建物における香水の使用が禁止された。また、日本でも大阪狭山市、阪南市、広島県海田町、岐阜市で香料自粛を呼びかける取り組みをしている。
国はいつまでも傍観していることは許されない。国民の健康のために先頭に立って香害対策を進めるべきだろう。