よく考えなければならない「減らした残業代」の使い道
2017年8月28日 11:33
大和総研の試算では、残業時間の上限が月平均で60時間に規制されると残業代は最大で年8兆5000億円減少し、国民の所得が大きく減る可能性があるとの記事がありました。
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試算によると、政府が働き方改革の一環として導入を目指している罰則付きの残業時間規制では、1人当たりの残業は月60時間が上限となりますが、これによって労働者全体では月3億8454万時間の残業が減り、これを年間の残業代に換算すると8兆5000億円に相当するということです。
これを新規雇用で穴埋めしようとすると、240万人のフルタイム労働者を確保する必要があるとのことですが、今の人手不足の中では難しいことです。
これは個人消費の逆風となりかねず、賃金上昇につながる労働生産性の向上が不可欠だとコメントされていました。
特に最近取り組みが広がっている長時間労働の是正のための残業規制ですが、この取り組み自体は、もうずいぶん前からおこなわれていることです。なかなか思うように進まないということだと思いますが、私が現場の様子を見ていてその理由の一つだと思うことに、経営者をはじめとした会社と、現場で働く社員との間での残業に対する認識のずれがあります。
会社は「ある程度の残業は仕方がない」としながらも、どこかで必ず「仕事量が同じでももっと効率よくできるはず」と思っています。もちろん会社ごとにばらつきはありますが、残業はどちらかといえば必要“悪”であり、その費用は“コスト”という捉え方です。
一方社員の方では、残業代は「働いた時間に見合った報酬」であり、その報酬は大事な“生活の糧”でもあります。こちらも人によって捉え方のばらつきはありますが、もらって当然の“既得権”のものであり、“年収の一部”として計算に含められていることが多いです。
お互いがこのギャップを埋めて、同じ方向を向くことはなかなか難しいでしょう。
最近の「働き方改革」の議論は労働時間を減らすことが中心ですが、それだけではこの試算のように所得も減ります。この点についてはあまり強調されていませんが、それはやはり残業代は“コスト”という発想で、あわよくばそれをカットしたいという会社側の気持ちが勝っているからではないでしょうか。
時間を減らして生産性を上げるということは、時間当たりの労働の密度を上げるということになりますが、ではその密度を上げたことに対する報酬については、今のところあまり議論されていません。
たいした策がないままで労働の密度だけが増せば、当然現場の負荷は増します。仕事は大変になり、でも収入は減り、それに対して会社が提示するメリットは「早く帰れる」「労働時間が減る」ということだけになってしまいます。それではちょっと割に合わない感じがします。
これは「働き方改革」が言われる少し前のことですが、ある会社で残業対策をおこなうにあたって、残業代も含んだ当初の人件費予算は変えないことを宣言して、残業削減で得られた原資はすべて社員の給与に還元する仕組みを取り入れています。主に賞与の際の評価を通じてこの配分をおこない、もし非効率な残業が多いと評価される人がいたとすれば、それに見合った賞与減額もありえます。
必ずしも思い通りとはいかないものの、残業抑制と効率的な働き方の推進という面での効果は出ているということでした。
今のような取り組みが進められていけば、長時間労働や残業は必ず抑制されていくと思いますが、そこで「減らした残業代」は、その使い道をよく考えなければ、本当に景気への悪影響を及ぼすようなことになりかねません。
もちろん内部留保や社内設備の充実も、広い意味では会社のため、社員のためになりますが、自分たちの報酬がそちらに入れ替わってしまうと考えると、社員としてはなかなか納得できないでしょう。
「減らした残業代」の使い道について、いろいろな企業の動きはこれからも注視していきたいと思います。
※この記事は「会社と社員を円満につなげる人事の話」からの転載となります。元記事はこちら。