大前研一「分断された世界。『アメリカ・ファースト』はすでに達成されている」

2017年6月16日 11:30

 もしアメリカ合衆国大統領トランプ氏が、反グローバリズム、孤立主義といった政策を推し進めれば、世界は分断され、経済危機に陥るでしょう。世界はこれまで多くの経済危機を乗り越えてきましたが、現在、予見されている危機の要因は「政治」です。今、世界でいくつもの大きな変革が起き、経済を不安定にする要因が生まれています。この連載では、世界と日本にどんなリスクがあるのかを大前氏が解説します。

大前研一「分断された世界。『アメリカ・ファースト』はすでに達成されている」

 本連載では、大前研一さんの書籍「マネーはこれからどこへ向かうか『グローバル経済VS国家主義』がもたらす危機」(2017年6月発行)を許可を得て編集部にて再編集し掲載しています。

アメリカはすでに「ファースト」

 あくまで「仮」の話ですが、もしもトランプ氏から「アメリカファーストをどうしてもやりたい、おまえがコンサルティングしてくれ」などと頼まれたとしましょう。
 その場合、私がまず彼に伝えたいのは、「すでにアメリカはファーストじゃないか」ということです。

 企業の時価総額世界トップ1000をランキングすると、330社はアメリカの企業であり、1位から12位までをアメリカ企業が独占しています。この20年間でアメリカは強くなり、世界中の国から羨望されています。
 アマゾンやグーグル、アップルばかりではなく、ゼネラルエレクトリック(GE)やジョンソン・エンド・ジョンソン、ティラーソン国務長官がいたエクソンモービルなど、伝統ある企業も世界の上位に君臨しています。
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 日米貿易戦争をやっていた頃のアメリカはたしかに困っていました。多くの業界が喘ぎ、家電メーカーは次々と倒産しました。しかし今は違います。
 スターバックスからネットフリックスに至るまで、世界的に強いのはアメリカの企業ばかりです。

 弱っている企業は米国内での競争に負けたのであり、外国の企業に敗れたという証拠はどこを探してもありません。
 これ以上強くなってどうしようというのでしょうか。世界が「アメリカよ、勘弁してくれ」というぐらい、アメリカ企業は強いのです。
 Airbnbも、Uberも、生まれてすぐに世界化し、競争相手にとっては脅威です。
 なぜそれが分からないのか。それは、トランプ氏が訴えかけたのがアメリカの中で敗北した人、国内企業との競争に敗れた人たちが中心だからです。何度も言いますが、彼は今の経済を本当に知らないのです。

 「アメリカファースト」「アメリカを再び強くする」。その発想自体が誤りです。

失業率は最低水準

 雇用についても同じです。
 職をつくれ、雇用を生め、と息巻いていますが、失業者の中には働きたくない人や働けない人もいて、失業率は5%が理論的限界と言われています。アメリカの失業率は今、5%という限界水準の低さです。
 多くの企業を国内に回帰させ、大量の雇用を生んでも移民を増やさない限り、労働者はいないのです。

 鴻海のテリー・ゴウ氏がトランプ氏の希望をかなえ、アップルのiPhoneをアメリカで作ろうとすれば100万人の雇用が必要となります。しかし、100万人のブルーワーカーはアメリカのどこを探してもおらず、メキシコの人を雇用するしかありません。

 ミッドウェスト(アメリカ中西部)に古い昔に敗れた企業が残る企業城下町があり、失業率は50%程度に上りますが、アルコール依存症や薬物依存症などで働けない方も多く、そこに工場を造るのは大変なことです。このような自国の状況をトランプ氏は理解していないのです。
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取り組むべきは富の再配分、外交の是正

 中国のアリババ社のジャック・マー会長はダボス会議においてアメリカの貧困問題について発言しています。発言の趣旨はこうです。
 「アメリカのプアホワイトの問題について言えば、外国人が職を奪ってプアになったのではない。アメリカはプアホワイトの人たち、貧しい人たちを福祉で保護すればいい。資金がないというのはおかしな話で、中東で意味のない戦争に何十兆円も使ったのだから、あれをプアホワイトの人たちの保護に使えばよかったのだ。中東では何の成果も出していないし、軍事費に使った金を生活保護に使えばこんな問題は起こらないのではないか」
 そのとおりです。トランプ氏はツイッターでトヨタなどの日本企業も攻撃していますが、日本は感謝されて然るべき貢献をしてきたのです。

 第一、日本はアメリカが敵視するほど強くはありません。むしろ、日本ほど「うまく、静かに」衰退している国はないでしょう。
 犯罪も少ないし、失業者やホームレスがあふれているわけでもない。低成長でもこうした穏やかな国でいられるのであれば、日本はゆっくりと衰退していく世界のモデルであり、素晴らしく、理想の国だとすら言えます。
Photo credit: Michael Vadon...

Photo credit: Michael Vadon via VisualHunt / CC BY

 普通ならアメリカのミッドウェストのように失業者が町にあふれ、暴動が起き、世の中が騒然とします。
 ジャック・マー氏が言うように、アメリカの問題は、意味のない戦争にお金を使い、国内の貧しい人に適切な福祉を行っていないこと、つまり富の再配分がしっかりできていないことにあるのだと思います。

 中東はブッシュ元大統領の父の時代から今日に至るまでアメリカが引っ掻き回しただけで何も解決しておらず、むしろ酷くなっています。そこにアメリカの国防予算の7割を使ったというのはとんでもないことです。
 それを反省し、プアホワイトのために使えというのはまさしく正論です。こういうことは、日本からも言えなければなりません。

「アメリカ経済は衰退した」はトランプ氏の勘違い

プアホワイトは中国にではなく、国内競争に敗れた

 トランプ氏の28項目の政策の中には、私から見ると「勘違い」に基づくものがかなりあります。

 例えばTPP破棄を公約にしていたのは、TPPに中国が参加していると勘違いしていたからです。途中で気付いたものの、軌道修正できずにサインしましたが、外交と経済を勉強していない典型といえます。失言癖、喧嘩好き、ディール重視の大統領が、いい大統領になるとはまず考えられません。どのような考え違いをしているか、それによってどんな影響が起きうるかを整理しておきましょう。

 トランプ氏は、「アメリカの企業が海外生産を進めたことで雇用が流出し、アメリカに失業者を生んだ」と考えていますが、ここには2つの間違いがあります。
 まずひとつ目は、アメリカの失業者は多くない、ということです。
 アメリカの失業率は5%を切っており、事業を興そうとしても働いてくれる人を探すのが大変、という状況です。

 トランプ氏の支持層の中心は、アメリカの白人の低所得者層、いわゆるプアホワイトと言われる人たちです。アメリカの内陸部には錆びついた工業地帯(ラストベルト)があり、失業者が多くいますが、ここは通信産業や金融業など、レーガン革命の恩恵を受けたシリコンバレー発のハイテク産業との国内競争に敗れて衰退したのです。

 アメリカ企業が世界最適化で海外に労働力を求めたのはたしかですが、外国にいくほど力のあった企業は非常に強く成長してアメリカに富と雇用を生んでいるのです。

誤っているのは世界最適化ではなく、アメリカの税制

 もうひとつの間違いは、世界最適化を否定してアメリカ国内でビジネスを完結させることがアメリカ国民のためになると考えていることです。
 ウォルマートやコストコといったアメリカの小売業は、中国、ベトナム、バングラデシュなど、海外で生産されたモノをアメリカ国内に輸入しています。アメリカの小売業者は輸入業者として商売をしているわけですが、それは悪いことではありません。

 海外で生産されたモノの方が、国内で生産されたモノより安いからです。すなわち、アメリカで売っているモノは世界最適化による産物で、だからこそアメリカ国民は安い値段でモノを買うことができる。
 トランプ氏の支持層であるプアホワイトも含め、給料が上がらなくても生活できているのは、世界最適化あってこそ、なのです。

 トランプ氏がアメリカ企業の国内回帰を求めているのには、こんな理由もあります。
 アメリカの企業はたくさんの富を生み出したものの、そのかなりの部分を海外に蓄財している、ということです。
 アメリカの勝ち組企業であるアップルやグーグル、あるいは医薬品メーカーは、200兆円もの資金を海外に蓄財しています。
 税逃れだとしてアップルのCEOティム・クック氏がアメリカの上院公聴会に召致されましたが、その際、「税率が低い国に資金をおくのは当然だ」という趣旨の発言をしています。「我々は株主のために仕事をしているのであり、税率が高いアメリカに資金を持つことは株主に許されない、したがって海外に資金を置いている」というわけです。
 もっともな言い分であり、現行の制度では企業が海外に資金を置くのは当たり前です。アメリカが税収を得たいのであれば、課税の仕組みなど、ルールを変えればいい。

 資金をアメリカに還流させるか、海外に蓄財している部分にもアメリカの法人税を課す方式にすればいいのです。
 仮に法人税率を45%とすれば、100兆円近い税収が生まれます。適切な税制によって税収を増やし、貧困層に再分配する。それが政治の役割です。海外の工場をアメリカに戻さなければ輸入品に
 45%の関税を課すなどといった対症療法をしても、世界最適化の流れは止まりません。(次回へ続く)

本連載をまとめて読むならこの書籍をご覧ください

本連載をまとめて読むならこの書籍をご覧ください2017年6月16日発売

大前研一

大前研一株式会社ビジネス・ブレークスルー代表取締役社長/ビジネス・ブレークスルー大学学長1943年福岡県生まれ。早稲田大学理工学部卒業後、東京工業大学大学院原子核工学科で修士号、マサチューセツ工科大学(MIT)大学院原子力工学科で博士号を取得。日立製作所原子力開発部技師を経て、1972年に経営コンサルティング会社マッキンゼー・アンド・カンパニー・インク入社後、本社ディレクター、日本支社長、常務会メンバー、アジア太平洋地区会長を歴任し、1994年に退社。以後も世界の大企業、国家レベルのアドバイザーとして活躍するかたわら、グローバルな視点と大胆な発想による活発な提言を続けている。現在、株式会社ビジネス・ブレークスルー代表取締役社長及びビジネス・ブレークスルー大学大学院学長(2005年4月に本邦初の遠隔教育法によるMBAプログラムとして開講)。2010年4月にはビジネス・ブレークスルー大学が開校、学長に就任。日本の将来を担う人材の育成に力を注いでいる。 元のページを表示 ≫

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