がんの信号を抑える心臓ホルモンのメカニズムとは

2017年6月11日 20:15

 現在日本人の”2人に1人はがんになり、3人に1人が、がんで死亡する”時代だ。近年、新薬が多く登場しており、がん治療は大きな進歩を遂げている。しかし現在でも、がん細胞自体を攻撃する抗がん剤が主体的であり、問題点として、がんの種類によって効果のある抗がん剤が違うこと、また同じがんの種類であっても、個人によって効果のある抗がん剤が違うことが挙げられる。さらに、がん患者は、全身へがんが転移することで余命が短くなるが、これまでにがんの転移を防ぐ薬(抗転移薬)は開発されていない。

 国立循環器病研究センター研究所の野尻崇生化学部ペプチド創薬研究室長)、寒川賢治研究所担当理事らの研究グループは、 国際電気通信基礎技術研究所、佐藤匠徳特別研究所河岡慎平主任研究員らのグループ、東京大学および大阪大学との共同研究で、心臓から分泌されるホルモンである心房性ナトリウム利尿ペプチド(Atrial Natriuretic Peptide; ANP)の投与により様々な種類のがんの転移を予防・抑制できること、また、そのメカニズムについて明らかにした。

 研究では、マウスの乳がんや肺がんモデルを用いて、ANPを投与したときとそうでないときの2通りの場合について、主要な転移先臓器の一つである肺組織の遺伝子発現を網羅的に調べた。これらのがんは、転移する前から、肺の遺伝子発現をがんに都合の良いように変化させることが知られている。約2万種類の遺伝子に対する解析の結果、ANPががんにより増加する肺の遺伝子発現変化をまんべんなく抑制できることがわかった。がんをもたないマウスにANPを投与しても、正常肺にはほとんど影響が認められず、また、ANPはがんの増殖などには影響しなかった。

 このことから、ANPががんがあるときに肺に起こる悪影響を特異的に緩和する能力を持つ、”がんストレス緩和ホルモン”であることが示唆された。さらに、ANPによる転移抑制効果は、血管内皮細胞を介して得られることを証明し、がんストレス緩和における血管の重要性が示された。現在、ANPによる抗術後転移・抗再発効果を検証するための多施設臨床研究(JANP study;国循が主導)について、肺がん手術500例を対象に実施中。同論文は、がんによる悪影響から身体を守る新しい制がん剤-からだに優しい転移予防薬-を開発するための基盤情報となることが期待されるとしている。(編集担当:慶尾六郎)

関連記事

最新記事