大前研一「イタリアの地方産業が強い理由。産業別クラスターとコーディネーターという仕組み」

2017年3月10日 21:04

 【連載第5回】鞄や家具などのものづくり、ファッションやオペラなどの文化。歴史的建造物が連なる町並みや穏やかな農村。国のいたるところに文化と産業が息づく町があるイタリア。国家財政・社会情勢が悪化する中、なぜイタリアの地方都市は活気に満ちているのか。イタリアに日本の課題「地方創生」解決のヒントを探る。

大前研一「イタリアの地方産業が強い理由。産業別クラスターとコーディネーターという仕組み」

 本連載では書籍『大前研一ビジネスジャーナルNo.11』(2016年8月発行)より、日本の「地方創生」の課題に迫ります(本記事の解説は2015年7月の大前研一さんの経営セミナー「イタリア『国破れて地方都市あり』の真髄」より編集部にて再編集・収録しました)。

多様なクラスターが伝統の産業を支えている

 ここからは、各都市がどのような手腕で地場産業を成功に導いているのか、具体的な例を見ていきましょう。

 ボローニャには、「パッケージングバレー」と名がつくほど包装機械産業に従事する企業が数多く集まるエリアがあり、包装機械の産地として輸出も積極的に行っています。

 地方都市から世界のマーケットへ…と言っても、必ずしも世界を視野にマーケティングできる人が多くいるというわけではありません。
 ボローニャのパッケージングバレーには実は「コーディネーター企業」というものが存在し、市販部品、特殊部品、部品加工、組み立て、制御調整など各分野を担う企業を取りまとめて、世界市場の窓口としての重要な役割を果たしています(図-20)。
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 さらに、研究を担うボローニャ大学や工業高校、エミリア・ロマーニャ州政府の産業支援機関といった公共機関も、パッケージングバレーを支えるプレイヤーとして競争力強化に取り組んでいます。

 医薬品のパッケージ、食品の一次〜三次包装など、産業としては非常に狭い範囲ではありますが、こうしたパッケージングバレーのシステムが構築されることで大きな力を備え、世界的に有名な包装機械の町になっているのです。

食品産業に携わる約2万5,000社がクラスターとして連携

 同じように、クラスター内の巧みな連携によって競争力を強化しているのが、ボローニャ、パルマ、モデナなど、エミリア・ロマーニャ州の各地に広がるフードクラスターです。

 このフードクラスターは機能別に、動物性食品・植物性食品他を生産する5,574の生産業者、包装や農機具・備品の貸与などを行う2,213のサービス業者、1万6,967の流通業者を抱えており、それぞれが連携することで、ワイン、チーズ、プロシュット、オリーブオイルなどイタリアを代表するさまざまな食品を輸出しています(図-21)。

 図-21の右側を見てわかるように、その輸出はEU内にとどまらず、世界各地に向けて積極的に行われています。
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スキーブーツの産地からスポーツ用品の一大産地に発展

 北東部の町、モンテベッルーナでは、スキーを始めとするアウトドア製品の企業がクラスターを形成しています(図-22)。
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 年配の方は覚えているかもしれませんが、モンテベッルーナは1956年にコルチナ・ダンペッツォ冬季オリンピックが開催されたアルプスの一帯にあります。

 そのような土地ですから、古くから登山用ブーツやスキーブーツなどが作られており、オリンピック開催を機にスキーブーツやスノーウェアなどの生産が勢いを増し、ナイキ、アディダス、サロモン などスポーツ関連のグローバル企業が支社を設立するようになりました。
 その後、アイススケート、ローラースケート、スノーボード、サイクリング、テニスなど製品の幅を広げ、生産拠点を海外にシフトするなどクラスターの構造を徐々に変えながら、現在も好調に輸出を続けています。

 近年では、スポーツ用品にとどまらず、アーバンウェアのGEOX が成長を遂げています。
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ニットの町・カルピの敏腕コーディネーター

 エミリア・ロマーニャ州のカルピという小さな町は、ニットの町として有名です。
 この町もニット産業の各工程におけるサプライヤーが多数あり、クラスター化しています。
 そしてここでも、コーディネーターが顧客とサプライヤーを結ぶ重要な役割を果たしています(図-23)。

 コーディネーターは、いわゆるブランド・マネージャーのような存在で、商品の企画開発から、見本市やコレクションへの出展・販売の主導、世界中のバイヤーやデザイナーを呼び込むところまでを担います。

 コーディネーターは言わば、その道何十年というプロフェッショナルで、顧客のことも、生産者のことも熟知しており、その経験を持って双方を結びつけています。
 こうした役割を、日本では伝統的に商社が担ってきましたが、商社のような規模では、細かい部分までをカバーしきれません。また、商社の場合は、担当者が数年で異動することもあります。
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 デザイナーの意見を聞く、顧客の意見も聞く、それらをさらに生産者に伝える、新しいニット素材を採用してくれそうなデザイナーを探して呼んでくる。それがコーディネーターの役割です。
 ですから、コーディネーターの意義を考えるとやはり、何十年という経験が蓄積されており、顧客や生産者に顔をよく知られているということは、非常に重要なファンクションなのです。カルピにはそのようなコーディネーターがしっかりと根を張っているということです。

 ただ、価格競争の波が押し寄せる中で、カルピでも生産拠点の国外移転などが進んでおり、カルピのニットおよびアパレル製品のうち「100% Made in Italy」である割合は現状では40%ほどです。
 そして、カルピの中で縫製工程を担う企業は、ほぼすべてが中国人経営だと言われています。そのような流れの中で、今後コーディネーターの役割は少しずつ変容していくことでしょう。(次回へ続く)

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大前研一

大前研一株式会社ビジネス・ブレークスルー代表取締役社長/ビジネス・ブレークスルー大学学長1943年福岡県生まれ。早稲田大学理工学部卒業後、東京工業大学大学院原子核工学科で修士号、マサチューセツ工科大学(MIT)大学院原子力工学科で博士号を取得。日立製作所原子力開発部技師を経て、1972年に経営コンサルティング会社マッキンゼー・アンド・カンパニー・インク入社後、本社ディレクター、日本支社長、常務会メンバー、アジア太平洋地区会長を歴任し、1994年に退社。以後も世界の大企業、国家レベルのアドバイザーとして活躍するかたわら、グローバルな視点と大胆な発想による活発な提言を続けている。現在、株式会社ビジネス・ブレークスルー代表取締役社長及びビジネス・ブレークスルー大学大学院学長(2005年4月に本邦初の遠隔教育法によるMBAプログラムとして開講)。2010年4月にはビジネス・ブレークスルー大学が開校、学長に就任。日本の将来を担う人材の育成に力を注いでいる。 元のページを表示 ≫

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