【前編】村上憲郎氏に聞く「IoTが切り拓く電力ビジネスの未来と『エネルギー情報業』という新分野ビジネスの可能性」

2017年2月7日 16:46

 【連載1回目】電力業界へのデジタル技術の活用というトレンドで強い存在感を見せるエナリス。元グーグル米国本社副社長としても活躍した村上憲郎代表取締役に、電力×IoTの未来について聞きました。(インタビュアー:一般社団法人エネルギー情報センター理事・江田健二氏)

【前編】村上憲郎氏に聞く「IoTが切り拓く電力ビジネスの未来と『エネルギー情報業』という新分野ビジネスの可能性」

 本連載は書籍『3時間でわかるこれからの電力業界―マーケティング編―5つのトレンドワードで見る電力ビジネスの未来』(2016年11月発行)より、電力ビジネスの今後を占うインタビュー記事を再構成して掲載します。(インタビュー:2016/6/7)

株式会社エナリス代表取締役/村上憲郎氏

株式会社エナリス代表取締役/村上憲郎氏今回の連載でお話を伺ったのは、 Docent Japan設立やNorthern Telecom Japan社長兼最高経営責任者、Google米国本社副社長兼Google Japan代表取締役社長など、さまざまな企業で活躍した経歴を持つ株式会社エナリス代表取締役の村上憲郎氏です。

グーグルCEOから与えられた重大なミッション

村上さんはもともと、グーグルというグローバルなIT企業にいらっしゃいましたが、今は電力業界でお仕事をされています。この業界、エナリスに移られた経緯を聞かせていただけますか。

 もともとエナリスという会社は新電力会社をサポートするという形で、2004年12月に創業されました。私は2012年に社外取締役に、2014年に社長に就任(2016年10月に会長就任)したのですが、米国グーグルの副社長と日本法人の社長を退任してからエナリスに辿り着いたのには、いくつかのきっかけがありました。

 まず、グーグルCEO(当時)のエリック・シュミットから「アメリカのように、スマートグリッドを日本でも広めて欲しい」と言われていたということ。

 それから、東日本大震災も1つの大きなきっかけでした。3・11の際に私たちは計画停電を経験しましたが、そのとき痛感したのは「日本にはスマートコミュニティができていない」ということでした。

 さらに経済産業省(資源エネルギー庁)から強制節電以外の電力マネジメントについて相談を受け、日本で「デマンドレスポンス」や「ネガワット発電」に取り組んでいる会社はないのか? と探す中でエナリスに出会ったのです。
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「エネルギー情報業」という新ビジネス

今回の電力自由化、電力システム改革を受けて、貴社の業務や経営方針に何か変化はありましたか。

 私どもでは需要家みずからが新電力会社となって自社の施設等へ電力供給する小売電気事業者や、地産地消エネルギー供給のお手伝いをしています。
 今回の自由化後も、小売電気事業者が電力市場に参入されたときの様々なオペレーションの代行をさせていただいている、という業態に変わりはありません。

 これに加え、現在エナリスが包括的に営んでいるのは「エネルギー情報業」です。
 「エネルギー情報業」とは、電力が流通するプロセスにおいて偏在するエネルギー情報を管理、提供することで、これまでエネルギーを自由に取引できなかった電力の需要家が最適な電源や電力会社の選択を可能にする事業です。
 また、効率的なエネルギー利用を促進する各種サービスも提供しています。

 エナリスの事業は2つに大別されます。
 先ほどお話しした小売電気事業者向け業務代行と需要家向けエネルギーマネジメントサービスからなる「エネルギーマネジメント事業」および、電源開発、電力卸取引を主たるサービスとする「パワーマーケティング事業」で構成されています。
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経産省からも期待されるエナリスの取り組み

事業内容、とりわけ「エネルギーマネジメント事業」について詳細をお聞かせください。

 電気はそのままの状態ではためておくことが困難であるとされてきました。
 そのため、使われるときに作ってすぐに送る。安定した利用を実現するためには、使う電気と作る電気が常に同じ量である必要があります。
 これを「同時同量」と言いますが、電力業者のシステム特有のチャレンジとしてこの同時同量を実現することが大きな課題です。
 簡単に言うと、需給バランスをしっかり取っていくということですね。

 そのためには発電量の予測、需要家の消費電力量の予測を上手くマッチングさせていく必要があります。
 発電量と消費電力量との不均衡が生じれば、他の電力会社と電気の売買をしてそれを埋め合わせなければなりません。
 私たちはその際に生じる電力小売業の方々のオペレーションのサポートや需給バランスなどの面でのお手伝いをさせていただく。これがもともとのエナリスの仕事ですから、そういう意味合いにおいて今回の電力システム改革、電力自由化は大歓迎ですね。

 ただ、エナリスがこの電力システム改革という形の中で期待されているのは、やはりデマンドレスポンスなど、どちらかと言えば旧一般電気事業者向けのサービスです。
 3・11の後、東京電力や関西電力をお手伝いするような形で少しデマンドレスポンスの経験を積んできているわけですが、そのプロセスもありがたいことに一応経産省からのご指導、ご支援を受けながらやってきておりますので、電力システム改革の中で新しい仕組みを率先して提案する役目を期待されているものと自負しております。
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大転換期到来! ネガワット取引市場に向けて

冒頭にお話の出た「ネガワット発電」ですが、現在貴社の事業における位置づけはどのようなものでしょう。

 電力供給は「同時同量」が基本ですから、需給が逼迫しているときに節電で需要を減らしていただければ、それは発電量を増やしたのと同じ効果が得られます。これがネガワットの根本的な考え方です。
 そして、節電で〝増産〟されたこの電力を、需要の多いところに買っていただく。この取引を扱うことに新しいビジネスが生まれている、というわけです。

 先ほども申し上げた、政府のニーズを受ける形で展開している事業の発展形として、ネガワット取引市場も着々と進められております。
 2015年の11月に首相官邸で第3回「未来投資に向けた官民対話」が開催され、「エネルギー関連の投資と課題」について議論が行われました。
 私もお招きにあずかり、お話しさせていただいて、安倍総理に「村上社長からご要請があった、節電のインセンティブを抜本的に高め、家庭の太陽光発電やIoTを活用し、節電した電力量を売買できる『ネガワット取引市場』を2017年までに創設いたします」という約束をしていただきました。
 こうした流れの中で議論の的になっている2つの大きなテーマがあります。

 1つ目はネガワット取引のルールづくりです。
 制度設計として、市場の中でネガワット発電をどのように電力として評価するか。これがまず急務となります。
 節電を発電と見なすということはいわばバーチャルな事象ですから、〝仮想的な発電所〟を設定して電力生産を割り当てることが可能です。
 これをさらに、企業の自家発電設備や家庭の太陽光発電設備、電気自動車の蓄電池などと統合し、あたかも1つの発電所のように扱って制御するものがバーチャルパワープラント(VPP)です。
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 「電力業界をざっくり知りたい」「特に電力業界の未来を知りたい」という方のための電力小売業界ガイド決定版! 販売サイトへこのVPP設置に向けての実証事業を行うために6社によるコンソーシアムが結成され、もちろんそこにエナリスも参画しています。
 まだ資源エネルギー庁からの認可は得られていませんが、2017年4月1日のネガワット取引市場開始をめざして動いているところです。電力業界に興味を持った方たちには、電力業界が今このように非常に大きな転換期を迎えているということを知っていただきたいですね。

電力業界はIoTの練習場だ!

 2つ目のテーマはIoTです。
 VPPは明らかにIoTの突破口であり、IoTの歴史において、おそらく最初の大きな事例になるはずです。インターネットでものを制御するということの走りは、この電力システム改革の中で始まるといっても過言ではないでしょう。

 新電力事業者として届け出を出している企業が800社ほどある中、小売業者として参入してきているのは約300社ありますが、そのいずれも、電力ビジネスで何とかしようというよりも、ここが〝最初のIoTの練習場〟だということが分かっていて参入されているのでは、という気がします。ですから、これから電力業界をめざす方に強く訴えたいのは、この業界というのは2020年代にさらに花開くわけですが――理由は後述します――まずはIoTの練習場の業界なんだと思って入ってきて欲しいということです。

 エナリスがめざしているのはやはりスマートグリッド、スマート電力システムというものをオールジャパンでこの5年のプロセスでつくるということです。

 これまでの日本の電力システムというのは過剰設備投資ということを前提にした、経済合理性に合わない仕組みです。再生可能エネルギーにしてもまずは設備投資が必要ですし、それで得られる電力も、風まかせ、お天気まかせみたいに不安定なものになってしまう。
 そこでVPPや蓄電池などの仕組みで需給バランスを取っていくことで、電力システムが〝スマート〟に改革される。システム全体がコンパクトになって、大きな設備投資も不要になるのです。
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Licensed by Getty Imagesこのことがもたらす大きなメリットは、電力システム自体を国際競争力を持った輸出商品にし得るということです。

 日本は今後どのように世の中が変わろうとも、輸出立国であることに変わりはありません。発展途上国は電力システムを必要としています。
 そこで、スマート電力システムという形で、競争力がある電力システムを売っていく。そうすることによって現政権が目標にしているGDP600兆円にも将来的に貢献する、と。その中でエナリスも重要な役割を果たしたいと思っています。

 さらに言えば、IoTの練習場として蓄積したノウハウそれ自体が、国際的に大きなアドバンテージになり得ます。ドイツ政府が打ち出したインダストリー4.0(Industry 4.0)すなわち情報技術を駆使した製造業の高度化において、最も重要になるのはIoTです。

 これからの世界経済で覇権を握る上で鍵になるのは間違いなくIoTで、2020年代に必ず乗り込んでくるアップル、アマゾン、グーグル、テスラ(テスラ・モーターズ)などとの戦いは第四次産業革命の戦いになるわけです。

 この業界が2020年代にさらに花開くと言ったのは、この時に日本の中心を担うのが電力業界だという意味ですが、そこで日本が負けないために何をするか。そのような中でそれなりの重要な役割をエナリスも果たしたいと思っております。(次回へ続く)

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