人間の接客は不要になる?ファッション業界の最新テクノロジー事情―WEF第7回公開シンポジウム
2016年7月28日 21:01
ファッション業界で働く女性の活躍を支援する「ウィメンズ・エンパワメント・イン・ファッション(プロジェクトWEF)」(尾原蓉子会長)が7月27日、第7回公開シンポジウムを都内で開いた。今回のテーマは、「テクノロジーで変容するファッション・ビジネス― あなたはこの機会をどう活用しますか? ―」。オムニチャネルやシェアリング経済などのテクノロジーを活用した米国の最新ビジネスモデルが紹介されたほか、急速に活用が広がる人工知能について、ファッション産業にもたらすメリットや人間が果たすべき役割などについての議論も行われた。
2016年のキーワードは“デジタル”と“ディスラプション”
同プロジェクト発足から3年目の節目を迎え、第一部では尾原蓉子WEF会長が「米国のファッション流通革命に学ぶ」と題した基調講演を実施した。尾原氏は、毎年1月に米国で開催される全米小売業協会(NRF)での長年に渡る取材を通し、小売業界の潮流となるテクノロジーをトレンドについてスピーチ。今年は、“デジタル”と“ディスラプション(秩序などの崩壊)”がビッグキーワードになるといい、その事例として、カーシェアリングサービスの「Uber」や、ファッション衣料のレンタル&サブスクリプション・ビジネス「Rent the Runway」など新ビジネスモデルを紹介した。加えて、2025年には労働力の75%以上を担うとされるミレニアル世代(1980~2000年生まれ)への対応や、オムニチャネルの拡大、パーソナル化への取り組みが米国の老舗百貨店でも進んでいることを説明。米国でのトレンドは、日本にも必ず訪れると強調し、日本のファッション・ビジネスにおいてもこうしたトレンドへの迅速な対応が、業界全体の閉塞感打開につながると示唆した。
第二部では、「ファッションとビジネスの新しい世界をテクノロジーが拓く」をテーマに、ファッション週刊紙WWDジャパンの向千鶴編集長、先進的なウェブ戦略で注目されるアーバンリサーチの乾展彰執行役員、人工知能アルゴリズム「SENSY」を開発・運用するカラフル・ボードの渡辺祐樹社長が登壇。向氏は、WWD誌で取り上げた直近のIoT関連記事について紹介。ファッションショーで披露された商品がすぐに買える“See Now Buy Now”の動きをはじめ、商品やサービス、流通、ものづくりといったファッション産業におけるあらゆるプロセスにおいて、テクノロジーによる変革が起きていることを指摘した。
乾氏は、バーチャル試着ができる服の自販機など、売り上げ全体の20%以上を占めているEC事業の取り組みについて紹介。同社が独占代理販売を行うNY発のメンズブランド「フリーマン スポーティング クラブ」の店舗に見るアナログ的要素の強いコミュニティーの大切さについても触れ、「ECでの売り上げが20%以上と好調ではあるが、80%は実店舗での売り上げ。今後のセレクトショップは、マスとコアの両極を研ぎ澄ましていく必要がある」とコメント。加えて、「テクノロジーの進化に対応するのではなく、消費者の方の購買行動の変化に対応することが重要」とした。
渡辺氏は、ユーザー1人1人の感性をインプットすることで、ユーザーにとって最適なコンテンツを導き出すことができる「SENSY」の概念について説明。「SENSY」を活用することで、在庫問題や機会損失など、アパレル業界に存在するあらゆる課題を解決する可能性が広がると強調した。併せて、三越伊勢丹HDで行っているAI接客をはじめ、顧客1人1人の好みやニーズに合わせて最適なデザインやコピーを作成する“パーソナライズDM”、大幅な粗利改善が見込める“MD最適化”といった取り組みを紹介。「SENSY」を活用し、強調した。8月には、顧客の自宅にある洋服と、オンライン上の洋服をマッチングさせる新サービス「SENSY CLOSET」をリリースする予定で、将来的には、コスメや音楽、食などを含め、ユーザーのライフスタイルをトータルにサポートしていきたい」と話した。
3者によるパネルディスカッションのおもな内容は以下の通り。
重要なのは「店舗かネットか」ではない どの場所にいてもシームレスに同じ体験ができること
向千鶴氏(以下:向):ずばり、人間の接客は不要になるか?ジーンズメーカーの接客販売からキャリアをスタートした私は、人間の接客ができることが非常に大きいと考えてきただけに、自身のことのように考えさせられる問題だ。アーバンリサーチでは3,000人の販売員さんがいる。
乾展彰氏(以下:乾):求められるものによって変わると考えているので、単純になくなるかなくならないかだけで判断するのは難しい。スト構造だけを考えた場合、人件費が高くなってしまうものについては、機械化する方向にいくだろう。しかし、販売員確保の問題も深刻化していることからわかるように、販売員に求められているものも大きい。コストを重視する部分と、顧客満足を重視する部分とで、二極化していくと思う。
向:「SENSY」は、三越伊勢丹HDでのAIを使った接客や、はるやま商事のパーソナライズDMなどを手がけているが、人間の接客の必要性を感じるか。
渡辺祐樹氏(以下:渡辺):人工知能の活用が進むと、雇用がなくなるのではないか?という議論になることが多い。持論としては、タスクや作業はなくなっていくかもしれないが、人の雇用はなくならないと考えている。過去の産業革命を振り返っても、仕事のあり方が変わるだけで、雇用はなくなっていない。ファッション業界に当てはめてみると、商品知識や在庫情報を案内するような作業はAIに代わっていくだろうし、お客様の情報を把握することは人工知能が得意とするところ。しかし、例えばロボットが作った料理と母親の作った料理が、まったく同じレシピで作られたとしても、それを味わったときの感情や体験などストーリーが異なればまったく別の体験になる。ファッションの接客でも同様に、ロボットを通して洋服を買った時と、店舗で馴染みの販売員さんから買った時の体験には差があり、この差こそが、これから人間が注力するべきもののヒントになるのだと思う。時代において販売員さんがどういう接客をするべきか、人口知能をビジネスの中にどう取り入れていくのか、こうした議論を進めつつ考えていきたい。
向:人間はより高度なサービスを担っていくことになる。
乾:消費者が何を望んでいるのかということに尽きると思う。機械が行えば十分な点については機械が担い、人の手を介した価値が求められているものについては、残っていくと思う。私も渡辺さんと同様、全体的な雇用が減ることはなく、新しい産業に移り変わっていくものと考えている。例えば、囲碁や将棋ができるロボットが人間に勝った場合、なぜ人間は囲碁や将棋をやるのかということになるだろう。しかし、そこに“さらに勝ちたい”という感情が生まれた場合、ロボットと再び戦う人間が出てくる。そこに新しい価値が生まれるということなのだろう。
向:コミュニティーがパーソナルなサービスに果たす役割について。昨年インドネシアのジャカルタに行った際、おしゃれな若者たちに、新しいカルチャーを生み出しているような1番おしゃれな街に連れて行ってくれと頼んだところ、ショッピングセンターという答えが返ってきた。彼らにとっての街はSNSの中に存在し、コミュニティーとしてショッピングセンターに集まるのだという。「これこそが最先端なのかもしれない」とハッとした。
乾:「フリーマン スポーティング クラブ」の店舗をNYで初めて見たときの衝撃は大きかった。そこに集まる人たちは、あらゆる業界の先頭を走っているような影響力のある人たちばかりで、すごくコアでアナログな空間だった。だが、使用しているツールは最先端のもの。そこで感じたのは、情報がソーシャルにマスに広がって行くには、まずはコアな情報が必要なのではないかということだった。1億人による1億個のコアな形が、拡散によってさらに生まれる。
向:出会いを人口知能で生み出すことが「SENSY」のコンセプトだが、まさにコミュニティーにつながる考え方ではないかと。
渡辺:人がどこに注力していくべきか?人の価値って何なのか?という話の核にあるのがコミュニティーで得られる体験だと思う。そのコミュニティーが店舗にあるのか、ECにあるのか、またはSNSにあるのかということは問題ではなく、重要なのは、どの場所にいても同じ体験をシームレスに届けられるということ。リアルでは当たり前に行われていることが、インターネット上では実現できていないことも多い。インターネット上でもリアルな場所と同じレベルのコミュニティーを形成できるようなサービスやテクノロジーを今後も作っていくべきだと思う。
向:トップの決断の重要度について。これまでどう決断を下してきたのか。
乾:私たちは、何も難しいことを考えているわけではなく、シンプルに、消費者の方が何を望んでいるのかということを考え、次に手を打つべきことを決断する。ネットビジネスに着手したのも、その当時、実店舗の出店を3大都市に限定していたためだった。加えて大切にしているのは、数ある情報をただ見ているだけではなく、それをもとに常に考えているということ。私たちの代表もよく口にするが、ニュートンが万有引力を発見できたのはリンゴが落ちたからではなく、常日頃からそのことについて考えていて、リンゴが落ちた瞬間にひらめいたから。
向:企業のトップの方々とお仕事をされる機会が多いが、デジタルを上手に生かしている方とは。
渡辺:デジタルやテクノロジーを活用しようとする際、今流行しているツールをベースに考える企業が多いかもしれない。しかし大切なのは、お客様のビジョンに合うテクノロジーは何なのか、という考え方。私たちも、「SENSY」というサービスがあるから使ってほしい、という発想ではなく、それぞれの企業が抱える課題や描いている世界観、ビジネスに当てはまる人工知能を一緒に考えるというスタンスでやっている。テクノロジーというと、どうしてもとっつきにくいイメージを持たれがちだが、ビジョンとテクノロジーを同時に走らせることのできる経営者が今後注目されるのではないかと思う。