理研ががん細胞の運動を制御する新しい仕組みを発見 新しいがん転移治療法の開発へ期待かかる
2015年12月6日 15:14
悪性腫瘍(がん)は無限に増殖するだけでなく、正常な組織との境界を越えて侵入したり(浸潤)、あるいは転移することにより、身体の各所で増大し、その結果宿主の生命を脅かす。このため、がん細胞の浸潤、転移の分子メカニズムを知ることは、新しいがん治療法の開発に有益だという。
そして、がん細胞の運動や浸潤に重要な働きをするアクチン結合タンパク質としてコータクチンが知られている。実際、コータクチンは多くの浸潤がんで高発現しており、がん転移治療の標的分子として注目されているという。
今回、理化学研究所(理研)吉田化学遺伝学研究室の吉田稔主任研究員、伊藤昭博専任研究員らの共同研究グループは、酸化ストレス応答転写因子Nrf2の負の制御因子であるKeap1の新しい機能を発見し、がん細胞の運動を制御する新しい仕組みを発見した。
具体的には、まず共同研究グループは、コータクチンのリジンアセチル化を特異的に認識する抗体を作製し、コータクチンのアセチル化酵素を探索した。その結果、ヒストンアセチル化酵素であるCBPが主要なアセチル化酵素であることを発見したという。
コータクチンは細胞質に存在するタンパク質だが、ヒストンアセチル化酵素であるCBPは主に核内に存在する。この一見矛盾した知見から共同研究グループは、コータクチンは細胞質と核を行き来しているのではないかと考えたという。そこで核外移行の阻害剤であるレプトマイシンBを用いた実験を行ったところ、コータクチンが核から細胞質へ移行できず、核内に蓄積してしまうことがわかった。
次に、コータクチンの細胞内局在を調節するタンパク質を同定する目的で、コータクチンの複合体解析を行ったところ、酸化ストレス応答転写因子Nrf2の負の制御因子として知られるKeap1を新しいコータクチンの結合タンパク質として発見した。RNA干渉法によりKeap1をノックダウンさせたところ、コータクチンは核にも顕著に観察されるようになったことから、Keap1はコータクチンを細胞質にとどめおく機能があることがわかった。
コータクチンは外部シグナル(増殖刺激)により細胞の辺縁部、特に細胞運動の際に形成される仮足部分に移行する。そしてコータクチンはアクチン重合を促進することにより、がん細胞の運動を増進させる。そこで共同研究グループは、コータクチンによる細胞の運動増進におけるKeap1の役割についても検討した。その結果、増殖刺激に応答してKeap1はコータクチンとともに細胞辺縁部に移行すること、Keap1がないとコータクチンは辺縁部に移行できないことがわかった。さらにKeap1を欠損させるとがん細胞および正常線維芽細胞の運動性が低下することが分かり、Keap1が細胞運動に重要な働きを持つことが明らかになったという。
また、コータクチンのアセチル化は、Keap1との結合を阻害することにより、細胞辺縁部への移行を阻害することを見出した。つまり、コータクチンの脱アセチル化を止め、アセチル化を増やすとがん細胞の動きが止まることがわかったことになるという。これらにより、コータクチン脱アセチル化酵素を標的とした新しいがん転移治療法の開発が期待できるとしている。(編集担当:慶尾六郎)