社会的認知機能の脳ネットワーク構造を解明―理研・藤井直敬氏ら

2015年10月9日 14:43

 理化学研究所の藤井直敬チームリーダーとジーナス・チャオ客員研究員らの研究チームは、ニホンザルを用いて文脈依存的な社会的認知機能の脳ネットワーク構造を解明した。

 脳は領野と領野がつながる複雑なネットワークを構成しており、ネットワーク内で行われる情報伝達と処理によって統合的な認知機能が実現されていると考えられている。これまでの研究では、一つひとつの脳領野の働きについては調べてられていたものの、それぞれの脳領野間をまたぐ情報処理メカニズムについては明らかになっていなかった。

 今回の研究では、3頭のニホンザルを用いて、脳内硬膜下にECoG電極という特殊な電極を置き、社会的認知課題を遂行中の大脳皮質の表面全体からの神経活動と眼球運動を測定する実験を行った。その結果、文脈刺激期間の眼球運動パターンはサッカード運動を示すことが分かった。

 次にERC(Event Related Causality)を6種類の文脈間の比較と、3種類の情動間の比較を行い、どの条件間の、どの時間帯で、どの周波数帯にコンポーネント間の情報の流れに有意な差があるかを示す差分を計算した。その結果、5つの明瞭なネットワーク構造(S1~S5)が抽出され、その特徴は3頭のサルの間で非常に似通っていることが明らかになった。

 これらS1~S5は、それぞれ下記のような特徴を持っていた。

S1:3つの文脈情報を完全に区別していたが、情動情報は区別していなかった。
S2:S1とは逆に、情動情報を完全に区別していたが、文脈情報は区別していなかった。
S3:S1と似て、文脈情報の区別はしているが情動情報の区別はしていない。ただし、文脈の区別の仕方がより抽象化され、威嚇しているのがサルかヒトかを問わず「威嚇されたか、されなかったか」のみを区別していた。
S4:S3よりも抽象化が進んだ反応性を示し、「威嚇されたか、されなかったか」に加えて、S2でみられた情動情報の区別が付け加わった形の条件区別をしていた。
S5:さらに抽象度が上がり、文脈と情動表現の組み合わせによって表現される6つの文脈依存性の社会的視覚刺激を俯瞰し、はっきりと区別していた。

 このうち、S1~S4は、側頭頭頂連合野から前頭前野に向かうボトムアップ的な情報の流れをしており、S5は前頭前野から側頭葉に向かうトップダウン的な流れをしていた。

 これらの5つのネットワーク構造間の相互依存関係を調べてみると、S1からS5に向かう異なるネットワーク構造が相互に依存する連鎖状の情報処理経路があることが分かった。この構造と構造をつなぐ連鎖反応によって、複雑な情報が整理・統合され、社会的文脈依存的な認知と行動の変化が引き起こされていると考えられた。

 これらの結果から、社会的刺激に関する視覚情報を処理する領野間ネットワーク構造として、側頭葉内を流れ、そこから前頭前野に上がる4種類のボトムアップ系情報処理モジュールと、前頭前野から側頭葉へ向かう1つのトップダウン系情報処理モジュールの大きく分けて2つの系統があることが分かった。また、最終的な情報の統合と修飾処理は、トップダウン系の情報処理モジュールによって行われていることが明らかになった。

 研究チームは、今回の研究のように大規模神経データを対象とし、実験動物本来が持つ脳認知機能をネットワークレベルで解明できれば、今後より高次な認知機能の解明や、認知機能異常の仕組みをこれまでとは異なる角度から明らかにできることが期待できるとしている。

 今回の研究成果は、英科学誌「eLIFE」オンライン版に掲載された。論文タイトルは、「Cortical network architecture for context processing in primate brain」。

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