究極のエコカー”燃料電池車。如何ともしがたい事実だが、そのFCVもCO2を排出
2015年9月28日 11:36
トヨタが2014年に発売した燃料電池車(FCV/Fuel Cell Vehicles)「MIRAI」を発表してから「水素社会」という言葉を耳にするようになった。FCVについては今年度中にホンダも発売に踏み切る予定で、普及の後押しをする政府も水素の供給拠点拡充を急いでいる。排出物は水だけといわれるFCVは「究極のエコカー」とも喧伝される場合が多い。
だが、その形容は正しいのだろうか。そこに疑問符を付ける経済学者や科学技術者も多い。“タンク・ツー・ホイール”の二酸化炭素(CO2)排出量だけで「エコカーだ。否、エコじゃない」との判断をするのはおかしいとする意見だ。そこには「“ウェル・ツー・ホイール”でなければ正当な比較はできない」とする自動車の環境性能を測る指標について疑問を指摘する意見である。
タンク・ツー・ホイール(Tank to Wheel/燃料タンクから車輪まで)とは自動車が自走行している時間を意味する。ふつうの内燃機関(ガソリンエンジンやディーゼルエンジン、含むハイブリッド車)は、シリンダー内で燃料と空気の混合気を圧縮した後に点火・燃焼・膨張させて動力を生み出す。そのため内燃機関車は走行時のCO2排出が避けられない。
これに対し、電池に充電した電気でモーターを駆動して走る電気自動車(EV)やタンクに充填した水素と空気中の酸素を反応させて自らつくる電気で走るFCVは、走行中のCO2排出がゼロである。それがクリーンで環境に優しいイメージをつくり出している。
実際に米・カリフォルニア州などは、ZEV(Zero Emission Vehicle)規制に乗り出し、州内で一定規模の自動車を販売するメーカーに対して、一定割合のZEV(CO2を排出しないで自走行できるクルマ)の販売を義務づけている。その規制に対応して開発したのがFCVやEV、プラグインハイブリッド車(PHV)だ。だから、FCVの開発は正当なのだ。
ただし、である。厳密にいうと、EVもFCVも自走行している時は確かにCO2(二酸化炭素)を排出しないが、じつはたくさんのCO2を発生させているのだ。
電気をつくる方法として現在、世界での主流は石炭、石油、天然ガスなどを燃焼させて電気をつくる火力発電だ。これらの燃料採掘から輸送、発電、送電までトータルでのCO2排出量が問題になってくる。シンクタンクなどが電気自動車のCO2排出量を試算する場合には、火力や原子力、水力などの電源構成を元にそれぞれ国別のウェル・ツー・タンク(油田や炭鉱から燃料タンクまで)の数字を計算する。
同じ電気自動車である日産リーフを走らせるとしても、石炭による火力発電が多い中国のCO2排出レベルは、原子力発電比率が圧倒的に高いフランスの10倍以上といった具合だ。現在の日本の火力電気は、ほぼ中東から輸入する原油に頼っており、長距離輸送でタンカーが排出するCO2も計算に含まれる。また、その原油を精製する製油所から排出されるCO2も無視できない。また、日本で電気自動車が、現在のHV「トヨタ・アクア」のように、月間2万台も売れるようなベストセラー車になったら、福島原発クラスの発電所がいくつあっても足りないという指摘もある。だから自分で発電するFCVに注目が集まるわけだ。
一方現在、FCVの燃料である水素は、都市ガスや液化石油ガス(LPG)、石油の主成分である炭化水素から水素を抜き出す改質という製法が採用されていて、その抽出過程でCO2が発生する。都市ガスの原料である天然ガスは、原油と同じく輸入に頼っている。ほかの原料を含めてタンカーが総動員される。当然、CO2を出す。さらに、抽出した水素をタンクローリーで水素ステーションに運ぶ際にもCO2は出る。
つまり、800万円ともいわれる「トヨタMIRAI」の生産には、決して少なくない電力消費とCO2排出が伴っている。また、その運用にも同じことが言えるわけだ。走行時のCO2排出だけを問題にするのではなく、FCVの生産から自走行、さらには破棄されるまでの全工程を対象に考察すべきだということ。それを“ウェル・ツー・ホイール”(油井から車輪まで)という言葉に凝縮しているのだ。
日本自動車研究所の2011年の報告書によると、燃料採掘から車両走行までのCO2排出量をクルマの燃料別・動力別に試算した例はある。ガソリン車が1km走るのに排出するCO2は147g、ディーゼル車が132gだったのに対し、電気自動車は55g、FCVは79g(都市ガス改質の水素を利用)だった。ただ、これは2009年度の国内電源構成で試算したもので、現在のような原発稼働停止状態は考慮していない。(編集担当:吉田恒)