【作家・吉田龍司の歴史に学ぶビジネス術】毛利元就のリスクコントロール

2015年9月17日 14:07

■ベンチャー企業のカリスマ経営者的存在、人とは必ず失敗する生き物、ミスに対応できる体制を整える

 「三本の矢」、といってもアベノミクスの話でなく、今回は戦国時代指折りの名将・毛利元就をクローズアップしたい。吹けば飛ぶよな安芸(広島県西部)の弱小領主から成り上がり、山陰・山陽10カ国を制覇した大大名である。毛利家はまさにベンチャーであり、元就は稀代のカリスマ経営者だった。

 元就の経営哲学のかなめとして注目したいのが以下の幼年時代のエピソードである。

 ――ある日、お守り役が幼い元就を抱いて水の中を渡ったことがあった。そのとき、お守り役は誤ってつまずき、溺れてしまった。何とか岸にたどり着いたお守り役は、恐れおののいて、必死で謝った。このとき元就はこう言って彼を許したという。「道を行きつまずくは常なり。いささか心を労するに及ばず」(『名将言行禄』)。

 よく元就の優しさを示す話として採り上げられるが、ポイントはそこではない。人間とは必ずつまずく、失敗する生き物である、という冷徹な視線である。ミスはしょうがない。だからこそ将たる者はできるだけミスを防ぐとともに、ミスに対応できる体制を整えねばならない。つまり、リスクコントロールである。

 そこで「三本の矢」の遺訓が生きてくる。一本の矢は折れるが、二本、三本と束ねれば決して折れないという訓話だ。一人の人間は弱い存在だが、兄弟・一族が一致団結し、支え合うことで強い組織が生まれる。また、例え一人が失敗しても、みんなで二重、三重に備えればリスクは最大限に防ぐことができるのである。

 実はこの遺訓が史実かどうかは不明である。だが元就が実際に三人の子(毛利隆元・吉川元春・小早川隆景)に遺した「三子教訓状」(『毛利家文書』)には「三人が団結すれば毛利家は永久に安泰だ」、「少しでも兄弟仲が悪くなったらおまえたちは滅亡すると思え」など、まったく同じテーマが語られている。「三本の矢」は後世の創作かもしれないが、これほど見事に元就の思想を表わした逸話もないといえるだろう。

 人は必ず失敗する。現代の経営者はこのリスクにどう備えるべきか。少し具体的に考えてみよう。

 まず「ハインリッヒの法則」というキーワードにも注目したい。「1件の重大災害の裏には29件の軽い災害と300件の"ひやり・ミス"体験がある」という、米損保会社出身のハインリッヒによる労働災害法則だ。

 要するに企業の存続を揺るがす不祥事や大事故には、必ず何らかの予兆があるのだ。社会を揺るがした近年の大事故や企業不祥事には必ずこれがあった。"ひやり・ミス"を見逃さず、原因を探り、リスクの芽は徹底的に摘むべきなのである。

 財務面ではやはり剰余金の存在は重要だろう。過剰な積み増しはよく問題視されているが、備えがなければ企業は不測の事態に対処しようがないのである。

 もう一つ小さな話をしておこう。現代の一人一台PCというオフィスの問題だ。一人一人が何をやっているのかよくわからないので、管理上、リスクが一人歩きしている危険性が高まっている。矢が一本ずつ、孤立して別々の仕事をしているようなものなのだ。   実はPCなき昭和のオフィスは誰が何をやっているかが一目瞭然で、ナチュラルに二重三重の備えができていた。さらに社内電話から携帯電話への転換も個人個人の仕事を見えづらくしている要因とする人もいる。社外の誰と電話しているのかよくわからないのだ。

 だからPCをなくせ、という話ではない。「ITがリスクを低減させている」という考えは錯覚かもしれない、ということである。リスクとの戦いに終わりはない。人は必ずつまずくのだから。(作家・吉田龍司=都留文科大学出身)(情報提供:日本インタビュ新聞社=Media-IR)

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