同性同士の求愛は遺伝的素因と社会環境の影響で起きる
2015年3月22日 17:20
異性に対して求愛するのが生物の基本であるが、異性に求愛するか同性に求愛するかという性指向性が、遺伝的に決定されているのかそれとも環境によって決まるのかについては、決着を見ることなく論争が続いて来た。ショウジョウバエには遺伝子の変異によって雄が同性愛行動をするようになった系統、satori(サトリ)が存在するという。今回、その遺伝的同性愛系統が、社会経験によって同性愛行動をとるようになることがバーチャルリアリティー実験系により立証された。
東北大学大学院生命科学研究科の山元大輔教授と古波津創研究員は、fruitless変異体を隔離し単独で育てると、同性への求愛が抑制されることを見い出した。さらに、視覚映像を雄バエに見せ、それに求愛させるバーチャルリアリティー実験に成功した。
雄が同性愛行動を示すショウジョウバエの系統、satori は、fruitless と呼ばれる遺伝子の機能が損なわれた突然変異体である。fruitless 遺伝子は、脳神経系を雌雄で違ったものに組み立てる。その結果、雌雄はそれぞれに特有の行動をとることになる。雄の求愛行動を開始させるのは、脳半球あたり 20 個存在する雄特有の“P1 神経細胞”だ。雄の眼前で雌を左右に動かしても野生型の雄は求愛せず、雌に触ってフェロモンを感知して初めて、動く雌を追い掛けて求愛するようになるという。フェロモンは求愛開始のスイッチを入れ、動く雌の姿が求愛を維持するのである。
今回、P1 神経細胞を人為的に興奮しやすい状態にしたところ、野生型の雄は雌に触ることなしに、動く雌を見ただけで求愛した。P1 神経細胞を直接刺激することでフェロモンを代用できる。こうして一度スイッチが入れば、ディスプレイ上の動く光点に対してさえ、野生型の雄が求愛する。これに対し satori 変異体の雄は、フェロモンもなく脳の刺激もない状態で、ディスプレイ上の光点に対して求愛をした。ところがsatori の雄を成虫になってすぐ隔離した場合には、この無差別的な求愛は影をひそめたという。
別の実験で、satori変異体の雄の同性に対する求愛も、隔離によって抑制されることが判明した。脳の活動を記録しつつ雄バエに動く光点を見せると、数日間集団生活をおくったsatoriではこの視覚刺激に反応して P1 を含む神経細胞が興奮を示した。野生型の雄、隔離した satori の雄では、神経細胞が光点に反応することはない。こうした結果を総合すると、satori 変異体では集団生活の経験によって神経細胞が視覚的に過剰に反応するようになり、動く標的が雄であっても求愛するものと考えられる。野生型ではこの過剰な反応を抑え込む仕組みが働くのだろう。こうして、satori 変異体の同性愛行動は、遺伝的素因と環境要因とが相互に作用しあい、特定の神経細胞の性質を変化させた結果、惹き起こされることがわかった。
satori 変異体の雄が、集団で暮らすことによってどのような刺激を受け取り、同性への求愛傾向を発達させるのか、野生型の雄が集団で暮らしてもその影響を受けない仕組みは何なのか、そして、初期体験の影響がその後長きにわたって持続するのはなぜか、こうした疑問に応えることは、ヒトを含めた動物の社会性発達を理解することに大きく貢献するものと期待されるという。(編集担当:慶尾六郎)