【コラム 江川紹子】慰安婦と捏造
2015年1月14日 11:05
【1月14日、さくらフィナンシャルニュース=東京】
■植村隆氏 文春と西岡教授を提訴
元韓国人慰安婦の証言を紹介した記事について「捏造」と繰り返し非難を受け、名誉を傷つけられたなどとして、朝日新聞元記者の植村隆氏(北星学園大非常勤講師)が、週刊文春を発行する文藝春秋社と西岡力・東京基督教大学教授に対し、損害賠償を求める裁判を起こした。これまで、反朝日の論客らから集中砲火を浴びながら、発信することが少なかった植村氏だが、古巣の朝日新聞で、第三者委員会の検証が終わったこともあってか、今後は積極的に反論を行っていくようだ。
その植村氏に、さっそく産経新聞が、社説で「言論の自由に反している」と激しくかみついた。
私は、植村氏とは同年代で、学生時代、マスコミ志望者などが集まる作文教室で机を並べたことがある。ほとんどの学生は朝日新聞志望で、私だけが毎日新聞希望。彼は念願叶って朝日新聞に入ったが、私は毎日新聞の試験に落ち、神奈川新聞に拾われた。それから、何回かは顔を合わせる機会はあったように思うが、そのうち連絡を取り合うこともなくなり、どこに住んでいるのかも知らないまま30年近くが過ぎた。
今回の提訴の記者会見を取材して、実に久しぶりに同氏と対面した。
■家族も子どもも報道被害
この間の体験を語り、「私は捏造記者ではない」と主張する様子に、「気持ちの熱さは変わってないな」とは思ったものの、その風貌は年相応にだいぶ変わった。変化の幾分かは、この1年の間に受けてきたバッシングのためでもあるかもしれない。何が起きているか、報道を通じて知らなかったわけではないが、その激しさは想像以上だった。
今回の訴えの対象になった昨年2月6日号の週刊文春に掲載された〈”慰安婦捏造”朝日新聞記者がお嬢様女子大教授に〉の記事には、植村氏が再就職する予定だった大学名も記載され、「捏造記事」との西岡教授のコメントも紹介された。この記事をきっかけに、大学には採用を取り消すように電話やメールが殺到し、結局、植村氏は契約解除に応じざるをえなくなった、という。
さらに17歳の娘の顔写真がネットでさらされ、「売国奴の娘」「自殺するまで追い込む」と非難されるなど、家族もバッシングの対象になった。勤務先の大学も脅迫された。
「家族や勤務先の安全を守るために、裁判を起こすに至った」そういう植村氏を、産経新聞は「言論の自由に反している」と批判する。被害を受けたからといって、そのきっかけになった雑誌記事を訴えたりせず、「言論にはあくまで言論で対峙(たいじ)すべきだ」と言うのだ。
テロなどの暴力によらず、権力や金の力を振りかざすのではなく、「言論には言論で対抗しろ」という意味ならば、その主張は正しい。韓国の朴槿恵大統領について書いた産経新聞の記者が、刑事訴追されて同国内にとどめ置かれているケースは、大変問題だと思う。あるいは、批判記事を書かれた大企業の経営者が、フリーランスの記者を相手に高額の損害賠償を求めるなどの、いわゆるSLAPP(恫喝訴訟)なども、大いに問題だ。
権力や金を持ち、発言の機会が充分ある人は、ぜひ「言論には言論で」やってもらいたい。
■捏造記者の言説であふれる
しかし、アルバイトで非常勤講師を務めるだけの植村氏に、そうした権力や財力はないだろう。文藝春秋社は、金銭的にも発信力においても、彼とは比べものにならない力を持っている。西岡氏も、安定した職があり、発信の機会や影響力は、植村氏に比べてずっとありそうだ。そういう相手に対し、裁判を通じ、誤った情報を正し、生じた損害を賠償してもらおうとしても、非難されるいわれはない。
ネットなどでは、植村氏を「捏造記者」呼ばわりする言説があふれかえっている。そこで植村氏がいくら根拠を示して説明しても、なかなか聞き入れられない。ただ、裁判所という権威のある公的な場で、きっぱり「捏造」が否定されれば、新たな誹謗中傷を防ぐ力になるかもしれない。そういう期待もあるのではないか。
そして、法廷もまた、言論を戦わす場である。双方が、大いに主張を展開し、公開の法廷で有益な議論を交わしてもらえばいいではないか。
それにしても、西岡氏らは、いったい何が「捏造」だと言うのだろう。植村氏は、朝日新聞が記事を取り消した、いわゆる「吉田証言」には一切関与していない。である。
気になって『正論』2月号の西岡氏の記事を読むと、問題にしているのは、植村氏が韓国の元慰安婦の声を紹介した記事の、次の2点だ。
■テープに同じ表現がなければ捏造?!
1、1991年8月11日付の朝日新聞記事の中で、慰安婦の説明を〈「女子挺身隊」の名で戦場に連行され、日本軍人相手に売春行為を強いられた〉としている。
2、記事では、その女性が慰安婦になる前に「貧困のためにキーセンとして養父に売られ」(西岡氏)という経歴を書いていない。
植村氏は、1に関しては、当時韓国では、慰安婦のことを「挺身隊」と呼んでいたため、自分も誤用したと言う。確かに、慰安婦問題に対応するために作られた韓国のNGOは、今も「韓国挺身隊問題対策協議会」(挺隊協)と名乗っている。植村氏が、記事を書く前に日本側の現代史や軍に詳しい専門家に確認しなかったのが、間違いの原因だろう。
当時は、複数のメディアが同じのミスをしており、同様の不注意がいくつもあったようだ。
これをミスとして批判されるのはやむを得ないだろう。ところが西岡氏は、植村氏の場合、ミスではなく「捏造」と呼ぶ。植村氏の記事は、元慰安婦に直接話を聞いたものではなく、挺隊協が行った聞き取りを録音したテープの内容を紹介したもの。このテープ中に、元慰安婦自身が「『女子挺身隊』の名で戦場に連行された」と発言しているかどうかに、西岡氏はこだわる。それがなければ「捏造」だと言うのだ。
ただ、これは本文の前につけられたリード(前文)の記述だ。元慰安婦の発言を引用する形ではなく、植村記者が自分の言葉で慰安婦とは何かを説明している。なのに、なぜテープに同じ表現がなければ、「捏造」になるのか、理解に苦しむ。
■捏造とはミスではなくでっちあげのこと
2に関しては、植村氏は「キーセンは韓国の芸妓のこと。彼女がキーセン学校に行ったことは、慰安婦とは関係がない」と、その経歴を書かなかった理由を説明している。
この記事が出た頃は、男性の韓国旅行と言えば、多くが売春ツアーで、「キーセン旅行」「キーセン観光」などと呼ばれていた。「キーセン」と言えば、売春がイメージされた時代である。元慰安婦の女性が元々売春婦で自ら進んで慰安婦になったような誤解を受けないように、という植村記者の配慮が働いたかもしれない。もしそうだとしても、それは「捏造」なのだろうか。
「捏造」とは、「実際にはありもしない事柄を、事実であるかのようにつくり上げること。でっちあげ」(大辞林)である。
元慰安婦の女性は、記者会見や日本政府を相手にした裁判などで、自分の経歴を認めている。西岡氏が、史実を詳細に知りたいならば、そうした他の記録を見ればよい。植村氏の記事に詳しく書かれていなかったからといって、20数年後まで粘着し続ける意義が、私にはよく分からない。大の大人が、時間と手間とエネルギーをかけて取り組むべき課題なのだろうか…という疑問さえ湧いてくる。
植村氏の記事は、「強制連行」に触れたものでもない。元慰安婦の女性は、その後北海道新聞の取材に応じ、韓国で記者会見を行うなど、自ら直接発信を行っている。植村氏の記事が、日本でも韓国に対しても、格別の影響を与えたわけではないだろう。それを、さも重大記事であるかのように持ち上げるのも、私には理解不能だ。
いったいこれを、裁判所がどう判定するのか…。
細部についての論戦には興味は全く抱けないが、「捏造」という評価については、関心を持ってその判断を待つことにしたい。
■慰安婦となった女性たちの経緯は多様
最近の慰安婦に関する議論では、昨年11月に日本語訳が出版された、韓国・世宗大の朴裕河(パク・ユハ)教授の近著『帝国の慰安婦』(朝日新聞社)が目を引く。同書によれば、慰安婦となった女性たちは、その経緯から慰安所での状況まで、実に多様だった、という。背景には、日本の帝国主義や軍隊だけでなく、朝鮮側の事情もありそうだ。
これに対しては、元慰安婦サイドから民事刑事の訴えが提起されていて、こちらの行方が気になる。
私の希望を言えば、韓国に精通する専門家や日韓の過去や未来に関心のある論客には、昔の記事の細部をいじくり回して、書いた記者をいびるより、もっと有意義な事柄に、その能力と、時間、手間、お金、エネルギーをつぎ込んでいただきたい。
多様性のある慰安婦の実像を調査して史実を明らかにしたり、朴教授が起こされた裁判の状況を伝えたり、あるいは膠着状態にある日韓関係を改善する道を探ったり……。
やるべきことは、山積みだと思うのだが。【了】
えがわ・しょうこ/1958年、東京都出身。早稲田大学政治経済学部卒。1982年〜87年まで神奈川新聞社に勤務。警察・裁判取材や連載企画などを担当した後、29歳で独立。1989年から本格的にオウム真理教についての取材を開始。現在も、オウム真理教の信者だった菊地直子被告の裁判を取材・傍聴中。「冤罪の構図 やったのはお前だ」(社会思想社、のち現代教養文庫、新風舎文庫)、「オウム真理教追跡2200日」(文藝春秋)、「勇気ってなんだろう」(岩波ジュニア新書)等、著書多数。菊池寛賞受賞。行刑改革会議、検察の在り方検討会議の各委員を経験。オペラ愛好家としても知られる。個人blogに「江川紹子のあれやこれや(http://bylines.news.yahoo.co.jp/egawashoko/)がある。