【コラム 山口利昭】会計基準の解釈に経営判断原則類似の法理は適用されるか?
2014年11月23日 23:42
【11月23日、さくらフィナンシャルニュース=東京】
青山学院大学大学院会計プロフェッション研究センターが企画編集されている「AOYAMA Accounting Review」の第4号(10月15日発売)を入手いたしました。今回の特集は「法と会計:会計判断は法制度を超えられるか?」といった刺激的な内容です。この週末、ほぼすべての論稿を読みました。
まずはBook Reviewのコーナーで拙著「法の世界からみた会計監査」について、過分な書評を頂戴した青山学院大学の吉村教授に感謝申し上げます。「改訂版が出ることを期待する」とのことですが、この本はかなり気合を入れないと書けませんので(笑)、また気力がみなぎった時期に検討させていただきます。
さて本論の特集内容ですが特集見出しをテーマとする八田進二教授と松尾直彦弁護士(西村あさひ)との対談、「裁判所は会計基準をどうみているのか」と題する弥永真生教授の論稿、「会計監査人の監査の方法と結果の相当性と監査役」と題する中村直人弁護士の論稿、「会計基準の法規範上の位置と基準開発」と題する西川郁生教授の論稿、「会計基準等の法規範性と会計実務家のリーガルマインド」と題する尾崎安央教授の論稿等、たいへん興味深いものばかりです。もし企業会計法にご興味がおありでしたら、ぜひとも入手され、ご一読をお勧めいたします。
ところで各論稿を拝読させていただき、三洋電機損害賠償請求事件判決(大阪地裁判決)への評価が高い、ということに気付きました。同判決は、以前、私が日本公認会計士協会近畿会・大阪弁護士会共催のシンポを企画したときも会計士サイドから「裁判所が会計処理の妥当性について過度に踏み込んでいない」として高い評価が得られていました。
この三洋電機判決をもとに、会計基準の選択、会計処理の方法等、会計基準の解釈には高い専門性、技術性が認められ、また見積りや将来予測といった、経営者でなければ判断が容易ではない事情についても検討を要することから、経営者の判断の合理性を検討するにあたっては、経営判断原則類似の状況が認められる、という見解が主流のようです。
これは会計専門職、法律家いずれにおいても意見がほぼ一致しているものと読めました。
ただ、私は拙著「不正リスク管理・有事対応〜経営戦略に活かすリスクマネジメント」(有斐閣 2014年10月)の275頁以下(経営者の法的責任と「経営判断原則」〜会計処理の決定)にて述べているとおり、経営者の会計基準の解釈に司法判断が及ぶかどうか、という点において、経営判断原則類似の法理が適用されるかどうかは少し別個の検討が必要ではないかと考えています。
詳しくは述べませんが(上記の「不正リスク・・・」も、経営者向けの本なので、それほど詳細に解説しているわけではありませんが)、経営者の会計基準の選択、会計処理方針の決定は、一般の経営判断原則適用場面と異なり、構造的に利益相反状況にあること(自分に都合のよい会計基準の解釈を行う余地は十分にある)、会計基準の解釈の妥当性は会計監査人という第三者によって審査され、意見表明がなされていること(合理性については経営者だけでなく、監査法人からも説明することができること)、上場会社の場合には、内部統制報告制度が施行されており、財務報告の信頼性が担保されていることは経営者が保証していること、つまり、過年度決算を訂正して、内部統制も有効ではなかったと経営者が自認するのであれば(これまで間違いなく訂正されるのが実務慣行です)、経営者の会計基準の解釈の合理性も認められない(少なくとも合理性があると推定されるわけではない)と考えられること、といった理由からです。
こういった理由から、たとえば保守主義、継続性原則、単一性原則といった会計の一般原則に反する疑いのある会計基準の選択、会計処理方針が用いられているような場合には、経営者による合理的な説明が求められるのではないかと。もちろん、その司法判断のために会計士、会計学者の方々の意見書が活用されることも考えられます。
いずれにしましても、「会計はむずかしい専門性の高い領域だから」「経営者による見積りや将来予測を伴う会計処理についてはビジネスの世界の判断だから」といった理由だけで、経営者による会計基準解釈の裁量の幅を広く認める・・・という考え方には、私個人としては若干違和感を覚えるところです。【了】
山口利昭(やまぐちとしあき)/山口利昭法律事務所代表弁護士。大阪府立三国丘高校、大阪大学法学部卒業。大阪弁護士会所属(平成2年登録 司法修習所42期)。現在、株式会社ニッセンホールディングス、大東建託株式会社の社外取締役を務める。著書に『法の世界からみた会計監査 弁護士と会計士のわかりあえないミソを考える』 (同文館出版)がある。ブログ「ビジネス法務の部屋」(http://yamaguchi-law-office.way-nifty.com/weblog/)より、本人の許可を経て転載。