【コラム 江川紹子】拘置所内の写真撮影が逃走や罪障隠滅の恐れ?----刑務官が弁護士を脅す「常識」とは
2014年11月10日 09:18
【11月10日、さくらフィナンシャルニュース=東京】
■精神鑑定の請求に備えた撮影が咎められる
拘置所で弁護士との面会中の被告人が、目がうつろで焦点が定まらない。精神鑑定の請求など、今後の弁護活動に備えて、弁護士がその状況を撮影したところ、拘置所の職員に見とがめられて、面合いを中止させられた―この拘置所の判断の是非を問う裁判の判決が、東京地裁民事第39部(澤野芳夫裁判長、國分隆文裁判官、中村雅人裁判官)で出された。
その内容は、写真撮影はダメだが、面会を制止したのもよくない、という、実に中途半端で分かりにくいもの。弁護士側からは「弁護活動に対する理解がまったくない」と批判が出るが、一方の拘置所の現場にいる刑務官としても「それじゃあ、いったいどうすりゃいいんだよ…」と言いたくなるだろう。
この被告人は、アラビア海を航行中だった商船三井のタンカーを乗っ取ろうとしたとしたとして、海賊対処法の運航支配未遂罪に問われたソマリア人の男性。問題は、2012年3月30日午前に、国選弁護人に選任された竹内明美弁護士が、2人の通訳人を伴って、東京拘置所の面会室で男性に会っている時に起きた(通訳人が2人いたのは、ソマリ語と日本語の通訳が確保できず、英語を介した二重通訳になったため)。
竹内弁護士は、その前に2度、「具合が悪くて房から出せない」と拘置所に面会を断られていた。この日は会えたものの、車いすに点滴姿。震えたりぶつぶつつぶやいたり、目の焦点が合わないなど、精神状態はいかにもおかしかった。そこで、持参のデジタルカメラでその状況を撮影した。本当は、ビデオ撮影をするつもりが、写真モードになっていたため、静止画の撮影になった。
すると、面会室の外からのぞき窓を通して、カメラを構えている姿を見た刑務官が入ってきて、写真の消去を求めた。竹内弁護士が拒むと、しばし両者の間でやりとりがあった挙げ句、拘置所側は被告人を面会室から退室させて、面会を打ち切った。
竹内弁護士は、拘置所側の対応は、被告人と面会したり物のやりとりをする「接見交通権」や正当な弁護活動を侵害するものとして、1000万円の国家賠償を求める裁判を起こした。この裁判には、日弁連の取調可視化実現本部副本部長を務める前田裕司弁護士ら、刑事事件の弁護に携わっている全国の弁護士176人が代理人として名を連ねた。
■弁護士の撮った写真が「逃走援助」
国側は、写真撮影を許すと「未決拘禁者と第三者との無制限な意思疎通を許すこととなり、未決拘禁者の逃走又は罪証隠滅のおそれが生ずる」「(画像が)被収容者の逃走の援助や身柄奪取のために用いられるおそれがある」などとして、弁護人による写真撮影の弊害を訴えた。
弁護士が撮った写真が、どのように逃走援助に使われるというのだろうか…。さすがに裁判所も、「抽象的」として退け、刑務官が面会を中止させたことは違法と認定。国に10万円の賠償を命じた。
判決は、その一方で、拘置所はカメラの持ち込みを禁止しており、撮影は被告人や弁護人に保障される「接見交通権」に含まれるものとはいえない、などとして、弁護側の主な主張は認めなかった。この点では、今回のような「証拠保全」は、弁護人が「検証」を申し立てるなど、別の手続を行うべきとした国側の主張を、裁判所が認めた格好だ。
これに対し、代理人を務めた前田弁護士は次のように憤慨する。
「弁護活動に対する無理解も甚だしい。証拠保全の手続には時間がかかる。第一回公判の前などという制約もある。弁護人の目の前で証拠保全すべき状況が起きているのに、なぜそれを記録することを認めないのか」
実際、発作的に精神状態に異変が出る場合は、いつそういう状態が再現されるのか分からない。取調官や刑務官に暴行を受けたなどと訴えているケースは、ゆっくり手続きをしている間に、その痕跡がなくなったり薄まったりする。撮影したからといって、さしたる弊害が出るわけではないことは、裁判所自身も認めているのに、弁護士が面会時に写真やビデオで記録するのを禁じる必要がどこにあるのか。
そもそも、被告人が拘置所に勾留されているのは、逃亡や罪証隠滅をされて、裁判がちゃんと開けなくなったり、正しい裁判が行えないような事態を避けるためである。身柄拘束によって被告人が裁判で不利益を受けるようなことは、避けなければならない。被告人の精神状態を示す証拠も、裁判を正しく行うための材料の1つだろう。なのに、拘置所に気を遣うあまり、そうした証拠を時機を逸さないように記録しておく行為を認めない裁判所の判断は、本末転倒という気がする。
■拘置所側の証拠隠し疑惑
今回の判決には、こんな一文がある。
〈撮影行為により被告人の状態を正確に記録化できることは、弁護活動を行うに当たって…必要不可欠とまでは言い難い〉
弁護活動のために何が必要で何が不必要かは、まずは弁護人が決めるものだろう。裁判所の認定は、越権行為のようにも思える。
それにしても、拘置所の職員は、なぜ竹内弁護士が撮影したのに気づいたのか。国側は職員が内側廊下を巡回中に、ドアの小窓越しにカメラを構えた姿を見た、としているが、本来、弁護人は刑務官の立ち会いなしに被告人に面会する「秘密交通権」が保障されている。刑務官が弁護人との接見をのぞき見ることが、果たして適切と言えるのか疑問だ。
もっとも、この被告人は、拘置所の房内でも全裸になったり、頭髪や壁に大便を塗りつけるなどの奇行があった。治療を要し、面会中も点滴を続けていた。拘置所としては、面会室で暴れるなどの不測の事態を心配し、様子を気にしていたのは事実だろう。ならば、異常が起きた場合に備えて、アクリル板の向こうにいる弁護人の手元に非常ボタンを設置しておくとか、居酒屋で店員を呼ぶときに使う呼び出しチャイムのようなものを使えばよいだろう。
福岡県北九州市や佐賀県でも、弁護人の写真撮影をめぐる裁判が起きている。北九州のケースでは、被告人が拘置所の職員から暴行を受けたと訴え、右ほおに擦り傷があったため、弁護人が持っていた携帯電話で1回撮影した。その様子を見た刑務官が、画像消去を求めたが、弁護士は拒否。すると、弁護士は南京錠のかかった別室に入れられて、別の刑務官2人から「消去しなければ帰せない」などと、30分にわたって消去を求められ、やむなく消去した、という。これなどは、刑務官が面会をのぞき見るのはおかしいし、写真を消去させたのは拘置所側の証拠隠しと言われても仕方がないのではないか。
■法務省は現場任せ、裁判所も曖昧判決
こうした証拠保全の他にも、被告人が事件当時の動作や姿勢を実演つきで説明した場合など、弁護人が写真やビデオ撮影が必要な場合は他にもあるだろう。ただ、その画像が流出するなど、弊害が生じる場合が出て来る場合もある、という法務省側の心配は分からないでもない。ならば、弁護士会と法務省が話し合い、撮影した映像の保管方法や使用範囲を定め、それに反した時のペナルティなどについてルールを決めればいいのではないか。
ところが、前田弁護士によると、
「話し合いを求めたが、法務省からは『現場(拘置所の態度)が固いので無理。裁判でも起こしてください』と言われた」
という。
しかし、裁判で出てきたのは、今回のような分かりにくい判決。冒頭に書いたように、これでは現場の刑務官は、次に写真撮影を目撃した時にどう対応したらよいか分からないのではないか。
やはり、ここはルール作りのテーブルを設けるべきだ。【了】
えがわ・しょうこ/1958年、東京都出身。早稲田大学政治経済学部卒。1982年〜87年まで神奈川新聞社に勤務。警察・裁判取材や連載企画などを担当した後、29歳で独立。1989年から本格的にオウム真理教についての取材を開始。現在も、オウム真理教の信者だった菊地直子被告の裁判を取材・傍聴中。「冤罪の構図 やったのはお前だ」(社会思想社、のち現代教養文庫、新風舎文庫)、「オウム真理教追跡2200日」(文藝春秋)、「勇気ってなんだろう」(岩波ジュニア新書)等、著書多数。菊池寛賞受賞。行刑改革会議、検察の在り方検討会議の各委員を経験。オペラ愛好家としても知られる。個人blogに「江川紹子のあれやこれや」(http://bylines.news.yahoo.co.jp/egawashoko/)がある。