【コラム 山口利昭】椿本興業不正会計事件にみる資産流出リスク対応のむずかしさ
2014年11月6日 20:38
【11月6日、さくらフィナンシャルニュース=東京】
関西の老舗名門商社である椿本興業さん(東証1部)の元社員(中日本本部の営業担当幹部)が架空循環取引によって700万円を会社から詐取したとして、取引関係者含め3名が詐欺罪で逮捕された、と報じられています(たとえば朝日新聞ニュースはこちら(http://www.asahi.com/articles/ASGBX36TQGBXPTIL006.html)です)。架空循環取引は、昨年3月に同社の内部監査で発覚し、その総額は約80億円に上るとのこと。そのうち数億円が元社員に還流したとされています。元社員は、社内調査に対して「接待費を工面するためだったが、歯止めが利かなくなり、自分の遊興費や愛人の生活費などに使うようになった」と説明しているそうです。
本件は、昨年5月に第三者委員会報告書が公表されて以来、注目していましたが、第三者委員会のすべての委員の方を存じている関係もあり、あまりブログでは触れませんでした(^^;。しかし、ACFE(公認不正検査士協会)でご一緒させていただいている米澤勝税理士の新刊(左写真)では、案の定、本件をきっちりとフォローされており、税理士、公認不正検査士の視点から本事件について解説が加えられています。本書は近時の会計不正事件を取り上げ、不正行為者の「動機」面に焦点を当てた考察を試みたものであり、不正の未然防止、早期発見対策を検討するための有益な一冊です。
企業はなぜ会計不正に手を染めたのか〜会計不正調査報告書を読む〜(米澤勝著 清文社 2,000円税別)
元社員が主導した架空取引は15年にわたり、不正取引件数合計1000件、その総額は約80億・・・。この数字を皆様はどう思われますでしょうか?「愛人の生活費に充てたって?とんでもない奴だ!」とご立腹される方も多いでしょうし、懲戒解雇、逮捕という手続きも当然かと思います。ただ私の場合、どうしても「こういった資産流出を行う可能性のある人は、どこの会社にもいる」と考えるわけでして、むしろ「なんで15年間も架空循環取引が放置されていたのか」という点にこそ関心を抱いてしまいます。第三者委員会も、監査役監査、会計監査にかなりの疑問を呈しているように読めます。
こういった事件が発覚すると、営業担当社員が取引のすべてを仕切っていたことから、職務分掌、ダブルチェック、ローテーションといった内部統制が機能していなかった、仮に内部統制が機能していれば不正は未然に防止できたのではないか、と指摘されます(本件の第三者委員会報告書でも同様のことが記載されています)。たしかに教科書的にはそのとおりであり、不正の未然防止のためには内部統制システムを厳格に運用することが求められます。
しかしそれで果たして経営者は納得するでしょうか?営業担当社員と顧客の関係をみてみると、商売の現場では「取引全体のコーディネートをいかに巧みに行うか」という点が営業担当社員の腕のミセドコロではないでしょうか。協力会社や仕入れ先に顔が利く営業担当社員がいるからこそ、仕入先担当者が無理をきいてくれたり、委託業者が迅速に対応してくれます。また、そういったところに顧客は「付加価値」を感じるわけで、だからこそ無理な値引き要求をひっこめてくれます。そういったことで顧客、会社、仕入先の「三方よし」が産まれ、会社間の信頼も高まるのではないでしょうか。ちなみに、上記米澤先生の新刊書でも、「できる営業マンの条件とは?」と題するショートストーリーが紹介されており、まさに社内で輝く営業マンは不正と隣り合わせであることを物語の中で教訓として示しておられます。
加えて、仮に教科書通りに権限分掌といったことをきちんとやるとなると、経営者に求められるスピード経営にかなりの支障が来されるのではないでしょうか。逮捕された元社員も、第三者委員会報告書によれば社内で高い評価を得ていたようで、だからこそローテーションもなく、長年営業の第一線で活動していたものと思われます。したがいまして、私からすれば、生き馬の目を抜くような競争を繰り広げている世界において、不正が起きるのは当然であり、むしろ不正をどうやって見抜くのか、という点にこそ会社は注力すべきではないか、と思ってしまいます。
L13687結局のところ、不正の未然防止よりも不正の早期発見を目指した内部統制システムのほうが企業のリスク管理としては実効性が高いのではないか・・・という視点から書いたのが拙著「不正リスク管理・有事対応〜経営戦略に活かすリスクマネジメント」でして、もちろんご異論はあろうかとは思いますが、平時から不正リスクを真剣に検討するためには、不正リスクの大きさよりも、不正の発生可能性(発生確率)をどのように考えるべきか、といった発想を用いて、できるだけ思考停止に陥らないことが大切かと。
上記の米澤先生の本でも指摘されていますが、この事件は未だ終了したものではなく、架空循環取引に協力していた会社(当該会社の社長さんらも、今回逮捕されていますが)から、椿本興業さんは10億円の損害賠償請求訴訟を起こされており(ただし椿本さん側からも反訴が提起されています)、会計上も特別損益の引当が計上されている状況です。もし、不正を早期に発見することができたのであれば、流出した資産額もわずかで済み、また架空循環取引に関与した会社から裁判を起こされるという事態にも至らなかったわけです(なぜそう考えられるのかは、第三者委員会報告書を読めばおわかりになります)。
私的には、この椿本興業さんの事件では、もちろん元営業担当社員の不正事件ではあるものの、「会計不正」を引き起こしたのは同社の構造的欠陥にあると考えます。一人ひとりの行動は処罰の対象にはならないものの、どれか一つだけでも機能していれば元営業担当社員の不正は早期に食い止められたはずです(たとえば内部監査、監査役監査、会計監査、内部通報制度等)。仮に「それでは食い止められない」と回答されるのであれば、ではなぜ食い止められなかったのか、その合理的な理由の有無に焦点を当てなければ、また同様の不正が発生するおそれがあります。本件も、実は別件の不正事件が発生したにもかかわらず、その際に同種の事件は社内で発生していないかどうか、改めて調査をしていれば発見できた・・・といった記載も第三者委員会報告書に見受けられます。この構造的欠陥というものは、もはや経営者以外には指摘できないわけで、そういったところに拙著でも警鐘を鳴らしています。【了】