政治家に訊く:長島昭久民主党衆議院議員(4)「プーチンの掲げる『偉大なロシア復活』という野望」
2014年9月25日 22:36
【9月25日、さくらフィナンシャルニュース=東京】
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安倍総理は60歳の誕生日を迎えた21日、ロシアのプーチン大統領と約10分間、電話協議を行った。対話継続で一致する一方、プーチン大統領の今秋の来日は先送りする方向で調整に入ったと報じられている。北方領土問題の打開に向けた対話の枠組みを確保したい日本と、ウクライナ情勢で圧力を強める欧米を牽制したいロシアの思惑は複雑に交錯している。日本はどう振る舞えばよいのか・・・。
SFNでは、過去3回にわたり、北朝鮮との交渉や、悪化する中国や韓国などとの関係改善など安倍政権の対アジア外交など、米国事情に精通している民主党の長島議員に話を聞いた。今回は、最終回である。
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■マレーシア航空機撃墜で局面に大きな変化が
横田 菅義偉官房長官は会見で「両首脳の間で、APEC(アジア太平洋経済協力会議)などマルチの国際会議の場などを活用して日露間の対話を継続していくことで一致した」と21日の電話会談の内容を説明しました。
背景には、ウクライナ情勢をめぐり、米国の強い圧力でプーチン大統領の訪日が難しくなったことがあると見られています。
長島 安倍さんとしては、ロシアに対しては独自外交を展開する腹を固めていたと思います。総理総裁への道を病魔によって阻まれた父・晋太郎氏の最後の仕事が対ソ外交でした。安倍さんは、その父の無念を引き継いで北方領土問題解決に少なくとも道筋をつけたいと、就任後プーチン大統領との間で5回も首脳会談を重ねるなど並々ならぬ意欲を燃やして来ました。
しかし、前回インタビュー(※)でも触れたように、ウクライナ南東部のドネツク州上空で親ロシア派武装集団(またはロシア軍そのもの)によってマレーシア航空機が撃墜されたことで、局面が大きく変わりました。
これは、安倍さんには「想定外の出来事」であり、ロシアによるクリミア半島併合後も、何とか欧米による対ロ制裁とは一線を画しつつプーチンに対し秋波を送り続け、この秋までにウクライナ情勢が落ち着いていれば、一気にプーチン訪日を実現させ北方領土問題の前進を図る、との構想全体の見直しを迫られることになりました。
■綻びが目立ち始めた安倍外交
横田 北方領土問題は首脳レベルでの対話を通じない限り、打開を目指すことはできません。それこそ、自民党への政権交代前後には、長島さんが指摘していたとおり、3.5島が返還されるという報道が盛んになされていました。
当時、森喜朗元総理とプーチン大統領との間で具体的なやりとりがなされたとも言われていました。なぜ「ゼロ・スタート」になってしまったのでしょう。
長島 私は最初からそう簡単なことではないと思っていました。
北朝鮮外交とも重なると思うのですが、就任以来、世界49カ国を歴訪し150回(要チェック)近い首脳会談をこなしダイナミックに展開されて来た安倍外交に、最近少し綻びが目立つようになってきました。
ウクライナ情勢の悪化など、不可抗力もあるのですが、自信過剰気味になって「高転び」しつつあるのではないかと危惧しています。
拉致問題解決に向けた熱意は歴代政権で随一であることは認めますが、北朝鮮の外交戦術に対する安倍政権の対応は少々ナイーブ過ぎたのではないか。
ロシアに対しても情熱を傾けて取り組んできたことは評価したいが、「偉大なロシア」復活を企図するプーチンの深謀遠慮を読み切れず、むしろ足元を見られて揺さぶられてしまっているようにも見えます。
政権発足当初は、今後、最長で12年の任期が保証されているプーチンの政治力とともに、エネルギー問題でロシアが日本との関係を非常に重要と捉えていることに着目して、プーチン主導の大胆なアプローチに期待を膨らませていました。
ロシアの国家予算の4割は、石油関連の税収に頼っている。最新鋭の現有採掘関連技術や機器などは日本に大きく依存しています。
そんなこともあり、日ロ関係は、野田政権末期あたりから、経済支援によって領土問題を前進させるという伝統的な軌道に戻りつつありました。安倍さんの熱意も実務協議を強力に後押ししました。
今年2月には、欧米各国首脳が欠席する中、ソチ五輪開会式出席のため安倍総理が訪ロしてプーチン大統領と会談しています。北方領土問題にも何らかの手応えを感じていたのではないでしょうか。その時点までは、北方領土についても話していたはずです。
ところが、ソチ五輪の閉会式を待たずしてウクライナで政変が起こり、ロシアが対抗手段としてクリミア併合に踏み切り、7月にマレーシア航空機撃墜事案が起こりました。日本政府は、躊躇しながらも米欧に背中を押される形でロシア政府関係者らなどの追加制裁を発表した。ここが分岐点でした。
■楽観論に違和感
横田 相当ロシアを刺激したということですね。8月には、ロシア政府が予定していた外務次官級協議の延期が発表されています。しかし、エネルギー問題を考慮すると、北方領土問題も含めそこまで態度が反転することが不思議でならないのですが。
長島 北朝鮮問題と一緒で、両国の対話交渉のスタートラインが違うということがまず、あります。
我が方としては、当然のことながら1956年の日ソ共同宣言がスタートになっている。宣言の中には、
「日ソ両国は引き続き平和条約締結交渉を行い、条約締結後にソ連は日本へ歯舞群島と色丹島を引き渡す。」
という文言が入っています。当然、そこがスタートラインだと思っていた。
ところが、ロシア側の実態は異なっていました。私は、昨年3月にモスクワで日ロ専門家会議に参加して、ロシア側の北方領土問題に対する強固な姿勢を痛感して帰って来たので、この間、官邸から漏れ伝わる「楽観論」には違和感を覚えていました。
先ほど言われた面積等分案(3.5島返還案)など夢のまた夢で、1956年の日ソ共同宣言の線(2島返還合意)よりもさらに後退し、いわば「ゼロ・スタート」で大統領府以下、専門家レベルに至るまでほぼコンセンサスが出来上がっていました。
この間のエネルギー立国による復興に自信を深めた結果でもあります。
過去、北方領土問題が大きく動きかけたのは、橋本龍太郎元総理とエリツィンもと大統領との間での対話外交においてです。両元首脳の間に深い信頼関係があったのはもちろんのこと、冷戦敗戦後、ロシア経済は1/4にまで縮小していました。敗戦により威信が傷つき、共産党独裁は打倒されましたがペレストロイカの副作用で国内は混沌となりました。
当時のロシアは日本からの経済支援を何よりも欲していましたから、我が国の考えるスタートラインから始められたのです。
しかし、今、ロシア経済は復活しました。日本に弱みを見せる必要がなくなったのです。
さらに、ウクライナだけでなく、3月にはロシアはクリミア半島の編入を宣言している。つまり、領土拡大路線に転じているということです。極東だからといって領土を減らすわけにはいかない。そういう環境の中で、じわりじわりと駆け引きを続けていた。そして、マレーシア航空機の事件が起きた。
■憂愁な秋を迎えることに・・
横田 日本は、ロシアがクリミア半島編入を宣言した時も、ビザ発給緩和協議停止などの制裁を行っていますし、4月には、ロシア政府関係者ら23人のビザ発給停止を発表しました。
長島 ワシントンでも話してきたのですが、繰り返しますが、7月で完全に局面が変わりました。
我が国もアメリカとEUが中心となって行う制裁の背後に隠れて制裁をするとか立ち回りの仕方は色々あったと思うのですが、もう遅い。森喜朗元総理が10日に安倍総理の親書を持って訪ロし、プーチン大統領に直接手渡しています。
しかし、プーチン大統領の訪日がなくなったことに変わりはないわけですから、11月に北京で開かれるAPECで首脳会談を想定しているとはいえ、安倍さんにとっては非常に厳しい局面を迎えていることに違いはないでしょう。
安倍首相は、11月の北京でのAPECにおける首脳外交に最後の望みをつないでいると思います。しかし、客観情勢は厳しいです。
日朝は既に暗礁に乗り上げてしまった感じがします。
日ロに望みをつないで来たが、たとえ6度目の首脳会談が実現したとしても実質的な進展は見込めない。さらに、日中首脳会談も簡単には実現しない。先日、北京で中国政府関係者、党幹部、研究者らと懇談を重ねた率直な印象です。加えて、集団的自衛権をめぐる決断で加速化するはずだった日米防衛協力のガイドラインの改定作業もここへ来て停滞気味のようです。
そうなると、これまで積み重ねてきた積極的平和外交ですが、安倍さんが最も力を入れて来た主要国外交においてほとんど成果が見られないという憂鬱な秋を迎えることになりそうです。(聞き手・SFN編集長 横田由美子)
※http://www.sakurafinancialnews.com/news/9999/20140918_1
長島昭久/ながしま・あきひさ
1962年、横浜生まれ。慶応義塾大学大学院卒。石原伸晃衆議院議員公設第1秘書を経て渡米。ジョンズ・ホプキンス大学高等国際問題研究大学院(SAIS)で修士号取得。米外交問題評議会で日本人初の上席研究員(アジア担当)に。97年夏から「朝鮮半島和平構想」プロジェクトに参画。帰国後、03年、衆議院議員選挙に初当選。現在4期目。民主党政権下では、防衛大臣政務官、副大臣、内閣総理大臣補佐官等を歴任。著書に「『活米』という流儀」(講談社)、「日米同盟の新しい設計図」(日本評論社)等多数。公式HPに長島フォーラム21(http://www.nagashima21.net)。